クールな社長は懐妊妻への過保護な愛を貫きたい
 洗剤の香りに夏久さんの香りが混ざっている。
 ほとんど無意識にシャツをたぐり寄せ、深呼吸していた。
 どきどきと鼓動が速くなっていく。

(あの夜、すごく落ち着く匂いだなって思った。胸がぎゅってして、息ができなくなるくらい苦しくなって……)

 抱き締めてくれた腕のぬくもりまで思い出してしまう。
 私を呼ぶ囁きも鮮明によみがえった。

(あんな幸せな時間が一生続けばいいって思ったのに……)

 ぎゅう、とシャツを抱き締める。
 今は私が一方的にこうするだけで、それ以上のことはなにもない。
 結婚してから夏久さんが私に触れたのはたった二回だけ。
 それも、私を慰めるためのものだった。

(……また抱き締めてもらいたいな)

 すん、と鼻を鳴らす。
 洗い立てのシャツはさすがに夏久さんの香りが遠い。
 なのに、胸が苦しい。愛おしさが募って痛みさえ感じる。

(どんなふうに思われてても、大切にしている相手が子供だけでも、夏久さんの奥さんになれて嬉しい)

 誤解を解くこと、それから妻として認めてもらうことが私の目標だった。
 そうしたかった理由をやっと頭で理解する。

(夏久さんが好き。私を好きになってほしい――)
< 84 / 237 >

この作品をシェア

pagetop