クールな社長は懐妊妻への過保護な愛を貫きたい
「え……?」
「あ、いや」

 思ってもいなかった返答に涙が引っ込む。
 顔を上げると、夏久さんは困った顔をしていた。

「行ったことがない場所って言われて、思いついたのがそれだけだったんだ。特に深い意味はないからな」
「遊園地、行きたいです」
「なにを……」
「一緒に行きたいです」

 きっと嫌がられるだろうし、呆れられる。
 それを知っていてなお、私は自分の希望を撤回しなかった。初めて“夜遊び”しようと外へ出たときの勇気を、父にひとり暮らしがしたいと言ったときの勇気を思い出す。

「私とデートしてください。一回だけでいいので」
「なにを言ってるんだ……」
「だって、夏久さんのことをなにも知らないです。これから母親になるのに、子供の父親についてわからないなんて」
「その手段がデートか? 別に俺のことならネットで調べればいくらでも……」
「夏久さんも私のことを知ってください」

 そこまで言うつもりはなかったのに、気付けば唇からこぼれ出ていた。
 夏久さんの表情が不快そうにゆがむ。

「君のことならよく知ってる」
「そんなの嘘です。だって全部誤解ですから」
「そう言う以外にないだろうな」

 わざとらしく溜息を吐かれてむっとする。
 けれど、私が文句を言う前に夏久さんは苦笑した。
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