千の夜と奇跡の欠片(ひのみ りん短編集)
夢幻狂騒曲
『夢幻狂騒曲』
わたしは奇妙で迷惑なタイマーを所持している。
このタイマーのせいで今まで何百回、何千回と災難にあってきた。
うんざりしているわたしは、その数以上に手離そうと試みている。
しかしそれを嘲笑うかのようにタイマーは壊れないし、捨ててもいつの間にか手元に戻ってきているのだ。
そしてなぜ、そこまで嫌うかと云うと。
おかしいと思われるだろうが、このタイマーはわたしを異空時間へと飛ばす。
唐突に現代世界と似た異空世界へ、わたしを飛ばすのである。
実に迷惑極まりない代物なのだ。
このタイマーさえなければ、わたしは幸せになれる。
道具なんかに負けたくない、今度こそ幸せになる。
いつもそう思っているというのに……
───
年齢が二十代のわたしには、三年間同棲している恋人がいる。
毎日が幸せで、ついに結婚することが決まったのだが、挙式はしないという方向で話しがまとまった。
それだけでもじゅうぶん幸せだったが、写真だけでも撮ろうと写真館を予約。
向かった当日ついに恋人は現れず、連絡もつかなくなった。
「どうしてーっ!」
叫んだところでタイマーは動く。
───
気がつくとわたしは、とある商社のアラフォーお局になっていた。
春に入社した新卒男子を毎日溺愛している。
だが入社して半年目のとき、臨時で雇ったアルバイトに新卒君が一目惚れ、二人は付き合いだした。
それを知ったわたしは就業後にアルバイトを外へ連れ出し、別れろと迫った。
聞きつけた新卒男子が助けにきて、次の日から新卒君もアルバイトも来なくなった。
「何が悪いのよーっ!」
タイマーは動く。
───
今度こそはと思った時に出会った男。
わたしは二十代後半。
優しくマメに連絡をくれて、とにかく見た目がいい。
クリスマスやお正月など仕事で一緒に過ごせないことが気がかりだったが、街で偶然、その男を見かけた。
男の子を肩車して歩いていて、隣にはお腹の大きな奧さまらしい女性が。
その場で連絡先をブロックして削除した。
さすがにダメージが大きく、結婚は諦めた。
「もう、いいわ……」
───
そう呟いた瞬間、またしてもわたしはタイマーにより時間のどこかに飛んでおり、新たなこの世界で知り合った同僚男性に、今までのことを洗いざらいぶちまけた。
どうせまた、どこかの時間に飛ばされるのだからと投げやりである。
今回の私は三十代後半、気持ちも落ち着いている。
男性は頷きながら黙って訊いてくれた。
あまり表情も変わらない人物で、皆からは暗い面倒くさいとバカにされていたが、ただ単に真面目なだけ。
粛々と仕事をこなす姿は素敵だし、仕事外では穏やかで優しい男性だ。
話しを訊き終えた男性が口を開いた。
「ぼくも不思議な夢を見たよ。何かを壊す夢だ。もしかしたら、そのタイマーかもしれないな」
「そうだったらいいなあ。もしかして、運命のタイマーとか」
わたしは笑った。
それから、その同僚と正式に交際が始まり、ついに結婚することが決まった。
───
あれから数十年。
タイマーは発動せず平穏に暮らしている。
「本当に、あなたが壊したのかもね」
天寿を全うし、永遠の眠りについた夫の頬を撫でた。
その撫でるわたしの手も皺が多く、時の流れを改めて感じさせる。
次に動く時は元同僚の夫と再会する時かもしれない。
あれだけ迷惑だった不思議なタイマー。
本当に運命のタイマーだった。
また動く時がくるのだろうか。
もう一度、夫に会いたい。
そしてまた最初から……幸せなエンディングまで繰り返したい。
その時はタイマーを迷惑とも思わず、幸せになる為の試練だと思うことにしよう。
夢と幻の狂騒曲をありがとう。
2022.9.5 『夢幻狂騒曲』終わり