春夏秋冬
海は荒れていた。
どんよりとした灰色の冬の海は、突き刺さりそうなほどの白波をたてていた。
防波堤の陰で風を避けながら、冷たい岩の上に腰をかけていた。
繋いでいたあたしの手もユウトの手も冷たくなっていて、それでも離さずに荒れた海を眺めていた。
「北の海にいるのは、」
「え?」
「北の海にいるのは、あれは人魚ではないっていう詩があったよね」
ユウトは言った。
「あ、それ知ってる。えーと中原中也」
「そうそう、その人。こんな海見てるとさ、その詩思い出すんだ」
「白い波ばかり、だもんね」
「別に人魚でもいいと思うんだけどなあ」
「ユウトは人魚にいて欲しいの?」
「いてほしいっていうか、俺、人魚見たことある」
「本当に?」
「そう言われると自信ないけど…ずっと前。小学校5、6年ぐらいかな?よくは覚えてないんだけど、どこか南の島で。すごく悲しそうな顔で、海から俺たちを見てた。で、あっと思ったら潜っていった。その時きらって魚の鰭みたいなのが見えたんだ」