【完】ボクと風俗嬢と琴の音
余りの気迫に言葉を失ってしまうくらい
顔を上げてそう言った山岡さんの表情は真剣そのものだった。
こんな顔をする事もあるのか、と。
「はい…」小さく返事をするのが精いっぱいだったシンとしたエレベーター内。
ごほん、と咳払いするのが聴こえて、後ろを振り返った。
そこにも何とも言えない顔をした木村さんが立っていて、ちらりとこちらを横目で見るから、山岡さんはパッと俺のシャツを掴んでいた手を離して
いつも通りの笑顔を作った。
「どうぞ」
「いや、あたしは下に行くので」
「そうですか。じゃあ、井上さん、また」
それだけ言い残して、エレベーターはゆっくりと上へ上がって行った。
エレベーター前で取り残された木村さんと俺。
ゴホン、と木村さんはもう一度咳払いして、にやけた表情で俺の顔を覗き込んでくる。
「下に行くエレベーター来ましたよ?」
「青春だねぇ~、井上くん」
普段は君付けなんてしないくせに。
下へ行くはずのエレベーターを木村さんは見送った。
「きっと前よりずっと好き…かぁ…」
「なッ!いつから聞いてたんですかぁ~?
趣味が悪いなぁ~」
「いやいやあたしはただ企画部に用事があって行こうとしたら君たちが勝手にラブロマンスを始めたもんだから」
「ラブロマンスって…」
こんなヤジ馬が好きな人だったとは…。