【完】ボクと風俗嬢と琴の音
俺は全然優しい人間ではない。
自分の感情を人にぶつけて、それで受け入れられなかった時
その悲しみや苦しみを自分の中で背負う事から逃げ続けた、姑息でズルい情けない人間なんだ。
そうやって生きてきたツケが今回って来ただけ。


漆黒の闇の奥の月さえ、自分を軽蔑して見ているような気がした、不思議な夜だった。




「ハル、遅かったやん」


「ちょっと、山岡さんと飯食ってきてた」


「へぇーっ良かったやん。
上手い事やっとるんやね。なんか安心安心」


「まぁね…」




何が’まぁね’だ。
上手くなんていってるものか。それどころか決別してきたばかりのくせに俺は何を言っているんだ。
山岡さんはいくじなしの俺をきっと後押ししてくれたのだ。それは痛い程伝わってきたのだが
俺の事を兄としか思っていない琴子に想いを伝えたところで何になる?
そこから先に、何も進めない。そんな関係性に何の意味があるというのだろうか。
想いを伝えて幸福になれる時など、相手がその想いを受け取ってくれた時のみ。



琴子を困らせる。
それは姑息な自分が、自分自身を傷つけない為の言い訳にしか過ぎなかった。
俺が守りたかったものは、どこまでいっても自分自身だけなのだ。
それでも小さなプライドばかり持ち続けた劣等感の塊のような俺は、この時強がる事しか出来なかった。
どうでもいい話なら沢山彼女としたはずなのに、大切な事だけが、どうしても言えなかった。




君は、俺の中の知らなかった俺を沢山見つけてくれた人だったのに―――――


そんな感謝さえも、最後まで言わせてくれなくて。



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