【完】ボクと風俗嬢と琴の音

その日も、そんな当たり前の日常の中の朝だった。


「いってらっしゃい」


ハルが、いつも通り7時半に家を出る。
いつものようにスーツを着て、首元に巻かれているネクタイは4月の誕生日にわたしがあげた物だった。
わたしもいつも通り琴音を抱いて、ハルを見送るように玄関まで出た。


「琴音~行ってくるね~いい子で待ってるんだよぉ~?」

そう言って、ハルは自分の鼻と琴音の鼻を合わせる。
ゴロ、ゴロ、と喉を鳴らす音がわたしの腕の中、次第に大きくなっていく。
首が疲れると、何度も言うからだろうか、ハルは少しだけ大きな身をかがめて、わたしへと視線を合わせる。


「いってきます」


「いってらっしゃい」




何度も繰り返された言葉。
特別でも、何でもなかった言葉だったはずなのに…。
今日はとても痛い。


するとハルがぽんぽんと頭を優しく撫でた。
ハッとして顔をあげたら、いつもみたく心配そうな顔をして、こちらの顔を覗き込む。
こうやってハルに頭を撫でられたら、疲れやストレスが吹っ飛んでいった日があった。
あぁ…あの頃からわたしはきっとハルが好きだったのだろう。
ハルがそんな行動を取る時は決まってわたしを心配して気遣ってくれている時で


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