【完】ボクと風俗嬢と琴の音
「美人だからって手ェ出すなよ~ッ?」
「まさか…」
「んじゃ、あたしはまだ仕事が残ってるから」
そう言ってオフィスから去って行こうとした木村さん。
それを引き止めるように名前を呼ぶと、彼女は顔だけこちらに向けた。
「ご結婚、おめでとうございます」
「ハハ、何それアンタに言われると恥ずかしいわ。
井上も美味しくご飯食べてくれる’大切な人’と上手くやってるか~?」
その木村さんの言葉に曖昧に笑った。
今日も残業。
早く帰ってやらないと琴音が寂しがる。
何ていってもあの家にはもう俺しかいないのだから。
琴音~大好き~と抱きしめてくれる彼女は、もういない。
少し暗くなったオフィス内は、いつの間にか俺しかいなくなっていた。
腕時計に目を落とし、やべっと思いながらパソコンを閉じて、慌ててオフィスから飛び出す。
エレベーターから降りて、少しだけ小走りで会社から出て行こうとしたら
「キャッ」と言う声が響いて、肩がぶつかった女性の手から資料と思われる紙が床に散らばった。