【完】ボクと風俗嬢と琴の音
22.琴子「’いってらっしゃい’の柔らかさ」
22.琴子「’いってらっしゃい’の柔らかさ」
ハルの部屋には何度か足を踏み入れた事がある。
いつだって互いの部屋は琴音の為に開けっ放しにしていたわけだし
それでも失礼にあたると思い、じろじろ見たり、いない間に入ってこそこそと荒らしたりはした事はない。
…当たり前か。
物が余りあるのが嫌いだと言っていたハルの部屋には
ベッドと小さなラック。空気清浄機。そして何冊も本や漫画が収納出来る便利なスライド式の本棚。
服とかの類はクローゼットに押し込まれていて、一見寒々しくて、殺風景にも見える。
けれどもオレンジ色のカーテンは、朝になると柔らかい光りを届けてくれる。
沢山の男と肌と肌をすり合わせてきた。
そこから生まれるものなど、何もないと思って生きてきた。
ただの肉片のぶつかり合いだと、その行為を否定し続けてきた自分がどこかにいる。
けれど隣で眠る彼の体はとても温かい。
体だけではない、わたしをすっぽりと包み込む足先から髪の毛1本まで隅々。
全てが温かい。それはまるでカーテンの隙間から差し込む木漏れ日のようで
ありふれているけれど、ありふれていない。宝物のように大切に胸の中にしまっておきたくなるような物で
柔軟剤の、優しい香りが鼻をくすぐって、幸せすぎる朝。
わたしを抱きしめ眠る彼の寝顔を何時間でも見ていられると思った。
ぴくりと、抱きしめる腕が不規則な動きをして
彼はゆっくりと目を開ける。
そして少しはにかんだように大きな目を細めて、あの柔らかい笑みをこちらへ向けるのだ。
その笑顔にずっと支えられてきた。