君にひとつ、質問があります。
私のそんな思考など知りもしないであろう萩瀬くんはするりと私の読んでいた本を奪いそれをテーブルの上に置いた。
そしてなぜか私の前の椅子を引き、腰を下ろす。持っていた鞄を足元に置いて、この場に滞在する気満々だ。
えーと、この状況が上手く理解できない私のポンコツな脳みそ。なぜ?なぜ、さっきまで見ていた彼が私の目の前にいるのか?
しかも私の名前を呼んだ。これは一大事以外の何物でもない。
これは例えるなら大手企業の代表取締役が末端社員の顔と名前を覚えているくらいに奇跡的なことで。
私みたいな末端社員は悪いことをした時くらいしか認識されないような人間なのに。
と、思ったところで心の中で“それだ!”と思わず叫んだ。私が毎日毎日ここで観察していたから“俺のことを見ている気持ち悪い女”それがバレて萩瀬くんは文句を言いにきたのだ。
サーッと、一気に血の気が引いていく。
こういう場合どうしたらいいのだろうか。
とりあえず、その場で固まった。
どうしていいのかさっぱり分からない。
ポンコツな脳みそをフル稼動させて考える。考えろ、私。
盗み見していた言い訳と、謝罪文と、今後どうするか。まるで、犯罪者だ……。
ごちゃごちゃと頭の中で考えていれば、なんともナチュラルに私の前の席に座るその人は唇を開いた。
「山吹さん、よくここ利用してますよね?」
「……は、はい」
その問いに、主にあなたを見るためです。とは言えず。というよりやはり私がここにいることを知られていたことに、終わったと思った。