君にひとつ、質問があります。
「もしかして、」
「……」
「僕が君に見られていることに文句を言いに来たとでも思っているのですか?」
「……」
視線を上げたその先には黒縁眼鏡の奥で眉尻を下げ、申し訳なさそうに私の顔を覗き込んでくる彼の姿。
あまりに距離が近くて顔が熱くなる。再び視線を落とし彼の言葉にこくりと頷けば「とんだ勘違いですね」という言葉をお見舞いされ笑われた。
「僕、そんなに暇ではないので」
「……そう、ですか」
恐る恐る視線だけを上げれば、にっこり。その効果音が似合う笑顔を貼り付けて彼は机に両肘をつき拳の上に顎を乗せた。
ならばなぜ、この人はわざわざ私に話かけてきたのだろうか?私の中にはその疑問だけが残る。
文句を言う。それ以外に彼が私に話しかける理由なんてないだろうに。
じっと彼を見つめてしまった。すると「分からない。って顔してるね」なんて、鼓膜に纏わりつくような極上の声音にどきりと胸が鳴る。
「あの、じゃあ、」
「どうして僕が君に声をかけたか?」
「はい……」
「教えてほしい?」
「そりゃあ、気に、なります」
「そっか」
「はい……」
「じゃあ、僕がいまから書く言葉を日本語に訳してください」
悪戯に笑いながら彼は足元に置いていた鞄から、するりと大学ノートとペンを取り出した。
もうなんなんだ、この展開は。予期せぬ事態に全くついていけない。
テンパる私をよそに机に大学ノートを開いた彼は綺麗な指先でペンを持ちノートの上を滑らせていく。