人形魔王は聖女の保護者

降り注ぐは聖なる光

 商人一行の護衛という依頼を受けて九日。
 めぐみとメデュノアは順調に護衛をし、旅を続けていくことが出来た。逃げるために偽名として登録した、メグとして。

 明日には港街へ到着する予定で、今日はすぐ隣の村の宿へと宿泊している。
 女の子だからという理由で、めぐみはほかの冒険者とは違い個室を用意してもらうことが出来た。もちろんクラリスのフォローもあってこそだが、それはとても嬉しかった。
 めぐみは「んーっ」と伸びをして、今後のことをメデュノアと話し合う。

「でも、やっと港街かぁ。セレイツさんが追ってこなくてよかったよ」
『そうだな』

 めぐみが城から抜け出した後、追っ手のようなものは何もなかった。
 犯罪者じゃないのだから、当たり前だ。めぐみはそんなのんきな思考になっていて、しかしメデュノアはそれが不安でもあった。
 聖女を必要としているこの国が、めぐみを逃がすわけがない。『うーん』とうなりながら、メデュノアは今後について考える。

『とりあえず、魔大陸であるアルバディストに行こうと思う』
「え――?」

 ――それって、魔物がいっぱいいる大陸だ!
 思わず肩をすくませるが、メデュノアは至って普通だ。

『別に、魔大陸ってってもここと変わらないぞ?』
「え? そうなの?」

 ――セレイツさんは、恐ろしい大陸だって言ってたはずなのに。
 魔王の治める魔大陸は、魔物がたくさんいて人々を恐怖にさせていると。そう言われていた。
 けれど、メデュノアはそんなことないと言う。
 この状況下でメデュノアとセレイツどちらの言葉を信じるのだと問われれば――もちろん後者しかない。

「うん。なら、私はメデュノアを信じるよ」
『お前絶対、騙されるタイプだな!』

 すぐさまめぐみが答えれば、メデュノアは笑いながらそう言った。
 こんなに信頼しているというのに、なんということだ。めぐみはぷんぷんと怒るが、しかしこの時間が楽しくて仕方がない。
 魔大陸というものに、もちろん不安はある。
 けれど、もっともっと不安なのは――セレイツに見つかり、連れ戻されてしまうことだ。それだけは絶対に避けたいと、必死に城から逃げてきたのだ。



 ◇ ◇ ◇

『うぅ〜ん……』

 夜も深い時間、めぐみとメデュノアはいつも通りすやすやと眠っている。ぎゅっと抱きしめられているメデュノアだけは若干苦しそうにしているけれど……。
 しかし、そんな眠りは一瞬で覚まされてしまう。

『んん……?』

 メデュノアが違和感を感じて目を開くのと同時に、村の入り口方面から大きな爆発のような音が響いたのだ。
 すぐさまめぐみの腕を抜け出し、部屋の窓から外の状況を確認するメデュノア。めぐみは「なななに!?」と、勢いよくベッドから体を起こした。

「爆発!? まさかテロ!?」
『落ち着け。どうやら、魔物が襲ってきたらしい』

 メデュノアの言葉を聞き、めぐみは冷静になる。
 地球でもないのだから、確かに爆弾テロが起きるわけはないのだ。急いで上着に袖を通し、めぐみはメデュノアとともに宿を飛び出した。

 護衛の任務についてから、めぐみは少しずつではあるが成長しているのだ。
 魔物を見ても震えなくなったし、メデュノアが強いということもしっかり理解した。今ではすっかり人形使いのグミとして、ほかの冒険者にも受け入れられている。

「うわっ! 何あの魔物の数!!」

 村の空には、鳥の魔物がひしめいていた。
 旅の途中で見た魔物だから、めぐみは知っている。一匹ずつの能力は、そんなに高くはない。が、今の空の状況を見ているとそうも言っていられない。

『数の暴力だな』
「……うん。確か、最近魔物が多いって村長さんが言ってたね」
『ああ。領地を広げるために山を開拓しているから、住処を追われた魔物だろうな』
「……」

 つまり、人間の都合でこうなってしまったのか――。そう考えると、なんだかやるせないような気持ちが込み上げてくる。
 セレイツは何の対策もせず、そのように強引に進めているのだろうか。もちろん、直接的に行っているのは国王だろうとは思うけれど……。

 二人で走りながら村の入り口へと行けば、一緒に護衛任務をしていた人と、ほかの冒険者の人がいた。
 そして、めぐみが一番最初に出会った狼の魔物が村へ入ろうとしている。それを食い止めているのが、冒険者たちだ。

「私たちも、頑張ろう。――ノア、狼に炎を!」
『おう!』

 めぐみが命令を出し、メデュノアがそれに応える。
 屈強な冒険者たちの合間をすり抜けて、メデュノアは狼たちの前に飛び出した。そしてそのまま両手を前にかまえ、炎の魔法を使って狼を攻撃していく。
 真っすぐ伸びた炎は、一匹の狼に命中して倒す。そのまま二撃、三撃と炎を繰り出して次々と狼たちを倒していった。

「あの人形は、相変わらずでたらめな強さだな……! おい、俺たちもいくぞ!」
「おおおっ!!」

 空中でくるりと回転しながら、大量にいる狼に炎をぶつけていくメデュノア。
 それに感化されたのは冒険者たちだ。人形ごときに遅れを取るなと、一斉に狼たちへと攻撃を開始した。
 魔法や弓で戦う冒険者は、空を飛ぶ鳥の魔物に攻撃をしていく。即席パーティのはずなのに、その連携はしっかりととれていた。

「グミ!」
「え――? クラリスさん、んで宿から出てきてるんですか!」
「だって、グミたちと一緒にいた方が安全だと思ったんだもの」

 宿屋で休んでいるはずのクラリスが、めぐみのもとまでやってきた。宿の部屋にいた方が、ここよりは全然安全なのにとめぐみは思う。
 鳥の魔物は空中から攻撃をしてくるが、地面にとどまるということをしない。加えて、攻撃力があまり高くない。
 魔物に備えて頑丈に作られている建物は、鳥の攻撃ていどではびくともしないのだ。

「でも、もう終わりそうね。みんなが強くて良かったわ」
「そうですね。鳥の魔物がたくさんいたので驚きましたけど、魔法使いの人が処理してくださってますし」

 狼たちがいた方へ視線を向ければ、メデュノアたちにより倒されて終了していた。残るは、空にいる魔物――も、残り少しというところになっていた。
 夜中の襲撃というようなかたちだったので、何事もなく魔物たちを倒せたことにほっとする。

『大丈夫だったか?』
「うん。ノアこそ、すごいね、強いね!」
『当たり前だろ!』

 ドヤッと胸を張ってみせるメデュノア。その姿が可愛くて、クラリスが横から撫でるのだが、『そんな場合じゃないから』とメデュノアが制止する。

「もう、なによー」
『魔物の死体を処理しないと、ほかの魔物が血の匂いやらで寄ってくるんだよ。それだと困るだろ』
「うそっ! すぐに処理しないと、大変なことになるんじゃ……」

 めぐみの心配そうな声に、メデュノアは黙って頷いた。
 狼の魔物は街の入り口にあるけれど、鳥の魔物は撃ち落とされた死体が村の中にもあるのだ。それをすべて探し、焼くなどの処理をしなければならない。

「急いで村の魔物を処理するんだ!」
「おおー!」

 冒険者たちも魔物の死体に関してはわかっているので、すぐに手分けをして村の中へと散った。
 そのうちの護衛の一人が、危ないからとクラリスを宿まで送っていく。名残惜しそうにメデュノアへ視線を向けているのだが、めぐみはまだ護衛の仕事として狼処理があるので一緒に戻れないのだ。
 もう一度「おやすみなさい」と挨拶をして、クラリスは大人しく宿へ戻っていった。

『さてと、魔物が来る前にちゃっちゃかやるか――って、まじか!』
「え? あれって、狼!? でも、今までの狼とは何か違う……っ」
『上位種の魔物だ。……ほかの冒険者たちには、ちぃーっと荷が重いな』

 メデュノアの言葉に、めぐみはぞくりと体を震わせる。
 さきほどの狼よりも、もっともっと強い魔物――! 今、姿が見えているのは一匹だけだ。それだけならば、まだいい。きっとメデュノアが倒してくれるはずだ。
 しかし、もっと大量の狼がきてしまったらどうすればいい? メデュノアはほかの冒険者には厳しいと言った。もしかしたら、怪我人や、最悪死人がでてもおかしくはない。

「はやく、はやく魔物の死体を処理しないと……っ!」

 そうしないと、次々に上位種の魔物がこの村を襲いにくる。
 目の前にある狼の死体はまだいい。けれど、むらのあちこちに落ちているであろう鳥の魔物の死体処理は――いったいどれほどの時間がかかる?

『こっちは俺がなんとかするからいいが――村の中は、な』

 メデュノアがそう言って、炎を出して目の前の狼たちを焼いた。これで、ここの処理は問題ない。向かってきた上位種の狼をのぞいて。
 しかし、メデュノアはいつもと変わらない様子で上位種の狼へ攻撃を仕掛けた。
 やはり冒険者たちとは比べられないくらい、メデュノアは強い。

 ――でも、鳥の魔物をなんとかしないと。何か方法は……っ! そうだ!

 めぐみはくるりと回転して、自分の周囲に人がいないかを確認する。めぐみとメデュノア以外は全員村中の処理に出ているため、ここには誰もいない。
 それならばと、めぐみは勢いよく地面に膝をつく。

 魔物の死体が原因であれば、それを浄化してしまえばいいのだ。

「お願い。村から怪我人を出したくないの……! 《浄化》!!」
『……っ!』

 めぐみが浄化と唱えた瞬間、上位種の狼をあっさり倒していたメデュノアがあちゃーという顔をした。しかしめぐみはそれに気付かず、一生懸命に浄化しろと祈った。

 真夜中のはずなのに、朝日よりもまばゆい光が村に降りそぎ――きらきらと、天使が舞い降りるのかという光景がひろがった。

 聖女が本当に願い祈ると、天使からの祝福がなされる――。
 そんな言い伝えがどこかにあった気がするなと、メデュノアは頭を抱える。これでは、ここに聖女がいますと自分からばらしてしまったのと同じことだ。

 しかしばれてしまったのならば、また逃げれば良い。
 メデュノアはそう考えて、今はただ祈るめぐみを優しく見守った。
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