人形魔王は聖女の保護者

保護者様の本領発揮

「――ノアっ!」

 めぐみがセレイツに捕われそうになったとき、窓を蹴破り颯爽と登場したメデュノア。
 セレイツが怖かっためぐみは瞳に涙を溜め、精一杯メデュノアを呼んだ。
 うさちゃん人形の姿になった保護者様は、けれどとても安心することができた。助けにきてくれたんだと、自然に涙がこぼれる。

『お前、めぐみを離せよ!』
「……うさぎの人形? 確か、めぐみのお気に入りだと言っていたはずだけど」

 首を傾げながら、「どうして意思を持っている?」とセレイツが声に出す。
 じっとメデュノアを見つめて、彼がどういった存在なのかを確かめようとする。すっと目を細め、睨むようにうさちゃん人形を睨みつける。

「魔力を、感じるね。召喚の一種かな? めぐみが、彼を召喚したの?」
「え、えと……」

 感心したようにめぐみを見て、セレイツは「すごいね」とめぐみを褒める。

『いい加減、めぐみを離せ』
「嫌だよ。めぐみは私の婚約者なのだから、一緒にいるのは当然でしょう」
『本人は嫌がってるだろうが』

 きょとんとして、セレイツは「そんなことないよ」とくすくす笑う。
 王子である自分は否定をされるなど、そんなことはありえないと思っているのだ。現に、今まで自分を否定した女性などいなかったのだから。
 それどころか、誰もが自分を差し出すだろう。

「うさぎの人形を連れて行くことくらい、別に構わないよ。女の子は、可愛いものが好きだからね」

 にこりと微笑んで、セレイツはぐっとめぐみを自分の引き寄せる。
 そのまま唇がめぐみに触れそうになったところで――メデュノアの怒りが頂点になる。

 シュッと光の筋が部屋を突き抜けたと思えば、セレイツの腕から一瞬でめぐみが姿を消した。驚きに目を見開くセレイツだが、すぐに状況を理解する。
 うさちゃん人形がいた場所で、人型となったメデュノアがめぐみを横抱きにしていたからだ。
 白銀の髪はきらきらと輝き、その圧倒的な存在をその空間に示す。

「こいつは、返してもらう」

 静かなメデュノアの声が、室内に響く。めぐみはびくびくと震えながらも、大人しくメデュノアに抱きかかえられることを選択した。
 ほっとした様子を見せて、セレイツの傍にいたときと違う、安堵した表情。
 しかしその空気は、セレイツの一言によって壊される。

「お前、魔王か……」
「……」

 ――え?
 セレイツが真っすぐに見据えて、メデュノアを魔王と呼んだ。魔族ということは聞いていためぐみだが、その存在が魔王ということは聞いていない。
 そんなまさかと思いつつメデュノアを見るが、何も言わないし、その瞳はまっすぐセレイツを睨みつけていた。

「先手を打って、聖女をたぶらかそうとしたつもりか? めぐみ、こっちへおいで」
「え、あ? ノア……?」

 優しくめぐみを呼ぶセレイツの声に、一瞬めぐみは動揺してしまう。けれど、メデュノアが魔王だからといって、話に聞いていた悪い奴にはどうしても思えない。

 どうしようと考えて――めぐみは、メデュノアの首に腕を回してぎゅっとしがみついた。
 私はメデュノアを信じているということを、全身で表現したのだ。

 それに一番驚いたのは、セレイツではなくてメデュノアだった。
 魔王だと聞かされれば、さすがにめぐみも怯えるだろうと考えたのだ。けれど、めぐみの態度はなんら変わることがない。
 それどころか、不安にさせないようにと、さらに歩み寄ってきた。

 ――いらん心配だったか。
 メデュノアはひとつ息をついて、めぐみの背に腕を回す。よしよしよ安心させるように背中を撫でて、めぐみを落ち着かせる。
 セレイツに攫われるように連れて来られたのだ。怖くなかったはずがない。

「――残念だが、お前の聖女様は俺を選んだぜ?」
「……」

 セレイツに挑発するかのように、言葉を投げる。
 そこで初めて、終止にこやかだったセレイツが顔をしかめる。「ちょっとの我がままなら可愛いのに」と、めぐみを見る。
 自分の婚約者であるめぐみがメデュノアの腕の中にいることを、セレイツはよしとしない。腰に下げていた剣を抜き、その切っ先をメデュノアへ突きつける。

「めぐみがいるのに、剣を向けるのか?」
「――っ! セレイツさん……」
「なめてもらっては困る。私はこれでも、勇者だからね」

 にこりと優しい笑みを浮かべ、セレイツは勢いよく地を蹴り上げた。
 ぐっとスピードを上げて、一瞬で間合いをつめる。メデュノアはめぐみを抱きかかえたまま体を反らし、その切っ先を避ける。

「自分の強さに自信有り、か……」

 メデュノアは面倒だと思いつつも、そっとめぐみを床へおろす。自分の背後に隠すようにする。
 どうしていいかわからずにおろおろしているが、「大丈夫だ」というメデュノアの声を信じることにした。

 ――メデュノアは強いから、きっと大丈夫。
 けれど、セレイツが強いということもまた事実だ。勇者として君臨している綺麗な人は、めぐみを呼んだ召喚魔法なども使える、まさに人類最強だ。
 メデュノアも魔王というくらいだから、きっと魔族最強なのだろう。

「……」

 めぐみが息を飲んだところで、二人の剣が激しくぶつかり空気が揺れた。
 キンという、金属のぶつかる高い音は、めぐみにとってなれないものだった。二人が戦うのを、本当は止めたいのだ。けれど、弱いめぐみにその力はない。
 変に間に入って、メデュノアに迷惑をかけたくない。

「ノア……」

 不安に揺れるめぐみの声が、部屋に響く。
 それに反応したのは、メデュノアではなくセレイツだ。ギリッと唇を噛み締めて、自分の名を呼ばれないことに苛立を覚える。

 ――どうして、めぐみは魔王を選ぶ?
 容姿か、それともほかになにかあるというのか。

 わけがわからずに、その怒りをセレイツは剣へと乗せる。くるりと体を回転させて突き出した剣は、メデュノアの頬をかすり赤い血を流させた。
 しかしそれを反動にして、メデュノアもセレイツへ剣を向ける。肩口をかすり、セレイツの肩から流れ出た血が衣服を赤く染めた。

「……っ!」

 生々しい赤い色に、めぐみは驚きすくんでしまう。一歩後ろに下がって、壁にその体をあずけた。
 小さな声で「もう止めて」と呟くけれど、真剣に戦う二人にその声はとどかない。

「勇者っていっても、この程度かよっ!」
「ふざけるな。魔王が、なぜ人間の大陸にいる!」

 二人が声を張り上げて、剣を構え直す。
 ――次で決着がつく。そう、この場の誰もが感じ取った。静かに音もなく交わる剣は、聖なる勇者の力と、闇の魔王の力だ。
 二人の力が反発するかのようにバチリと光り輝いた。

 両者が壁に打ち付けられ、めぐみは急いでメデュノアの下へと行く。その下腹部からは大量の血が流れていて、すぐにでも治療をしなければと青ざめる。
 セレイツは腕から血を流していたが、メデュノアよりは重傷ではない。壁に打ち付けられた衝撃で意識こそ失って入るが、問題はないだろう。

「ってぇ、くそ。腐っても勇者ってわけか……」
「やだ、喋らないで……今、治すから……っ」

 どくどくと流れ続ける血を見て、めぐみはぼろぼろと涙を流す。

「泣くなよ。あいつは気絶、勝負は俺の価値なん……だか、ら」

 メデュノアが言葉を紡ぐが、最後の方は咳き込み少しの血を吐いた。

 ――嫌だ、メデュノアが死んじゃう……っ!
 回復魔法を使って助ければ良い。

 めぐみは、なんの戸惑いもなくその魔法をつかう。

「ノア、死なないで……っ! 《リザレクション》!」
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