人形魔王は聖女の保護者
穏やかな船旅
ざぷーん、ざぷーんと、ゆったりした波の音がメデュノアの耳へ入る。
今は海の上にある、大きな船の上。
豪華な調度品に囲まれた広い部屋は、どこか無機質だ。
中央に置かれている立派な天蓋付きのベッドには、めぐみが横たわっている。ベッドの縁に腰掛けて、メデュノアはそっとめぐみの髪を撫でる。
すぅすぅと聞こえる、めぐみの小さな寝息。
それはメデュノアをとても安堵させた。
――生きてる。
「あんだけリザレクションは使うなって言ったのに、この馬鹿が……」
セレイツとの戦いで、意識を失う寸前だったメデュノア。あのまま倒れていたら危なかったかもしれないと、自分でも思ってはいた。
人間とはいえ、さすがは勇者というところだろうか……。
しかし、めぐみを無事に助けだせたのだから僥倖かと薄く笑った。俺の勝ちだとメデュノアは思ったが、次の瞬間輝いたのはめぐみが使う回復魔法の光。
ここでめぐみが死んでしまっては、自分の勝ちもクソもないのだ。
「生きてるからいいものの……。少しでも魔力を消費してたら、助からなかったかもしれないっつーのに」
頭をがしがしとかきむしり、もう一度めぐみを見る。
めぐみからリザレクションを受けて復活したメデュノアは、すぐに場所の移動を開始した。魔大陸であるアルバディストから自分を捜しにきていた部下と合流し、今は船を使い帰路につく途中だ。
なかなか目覚めないと思いつつも、まだセレイツの元から離れて一時間ほどだ。
船をあと数時間走らせればアルバディストにつくだろう、という位置にいる。やれやれと息をつき、人型のまま体を保つメデュノアは疲れた様子を見せる。
そこにコンコンコンとノックの音がして、入室を許可すると彼の部下が顔を見せた。
この船を用意し、メデュノアを探していた部下だ。名をセドリック。うすい緑の髪に、オレンジの瞳。少し天然パーマがかかっていて、どこか柔らかい雰囲気を発している。
「めぐみさんは、まだ目覚めませんか?」
「ああ。――まぁ、魔力が回復すればじきに目も覚ますさ」
「その割に、傍を離れようとはしませんけどね」
「…………」
目でセドリックにうるさいと告げて、メデュノアが顔をそらす。
そんな様子を笑いながら見て、セドリックは昼食を運び入れた。トレイに、めぐみが起きたときのために二人分。
パンと、サラダと、肉を炒めたものだ。
めぐみが目覚めないといっても、体内の魔力が減っているので回復するために眠っている状態だ。魔力が回復すれば、自然と目が覚める。
そう――わかってはいるのだけれど、メデュノアはどうにも落ち着かない。
「まったく。メデュノアが人間の女にここまで振り回されるなんて……なんだか楽しいですねぇ」
「どこがだ」
自分用にと淹れてきたコーヒーを飲みながら、セドリックはメデュノアをからかうように笑う。部下とはいえ、馴染みの二人の間に気難しい関係はない。
普段女というものに興味を示さないメデュノアが、体を張って助けた相手だ。からかわずはいられない、というのがセドリックの結論だ。
「お前はいつも一言多い」
「そうですかねー? まぁ、むすーっとしているメデュノアよりはいいと思いますけどね」
あははと笑いながら、セドリックは残ったコーヒーを一気に飲み干した。
それからすぐに、部屋から出て行く。船の運転をオートにしているが、あまり長くはなれるのはよくないという。
あきれながら、「事故るなよ」とメデュノアが伝えれば、セドリックは笑いながら部屋を後にした。
「……ったく」
「うぅ……ん……」
「――めぐみ?」
少しの静寂が訪れたあと、ベッドに寝ていためぐみから声がもれた。
すぐにメデュノアがかけよって、めぐみの顔を覗き込む。震える睫毛が何度か瞬きをくりかえして、ゆっくりと瞳が開く。
「……の、あ?」
「ああ。無理に起きなくていい」
起きあがろうとするが、力があまり入らないらしくベッドに逆戻りしてしまう。「寝ていろ」とメデュノアがめぐみをベッドに押し付けて、飲み物の用意をするために立ち上がる。
熱すぎるもの冷たすぎるものよくないなと、紅茶の温度を魔力で調節してめぐみへ渡す。
背中を支えるようにしてベッドへ起こすと、「ふぅ」と、どちらともなく息がもれる。
「…………?」
――私、なんでこんな豪華なベッドに寝てるんだろう?
いまいちぽけぽけしてしまう頭を傾げて、自分に何が起こっていたのかを考えて――思い出した。
「そうだ、ノア! 怪我……はっ!?」
「おちつけ」
めぐみはばっとメデュノアに掴みかかって、怪我の有無を確認する。血がたくさん出て、今にも死にそうだったメデュノアは、しかし今は復活していた。
服はきれいなものに着替えながし、血でべとべとだった髪もきれいに洗われていた。
「よ、よかったよおぉぉぉ……」
元気なメデュノアの姿を見て、めぐみは一気に気が抜けた。張りつめた意図が切れたように、その場にへにょりと体を倒す。
「よかったじゃねぇ。めぐみ、俺が使うなって言ってたリザレクションをよくも使ってくれたな?」
「え……っ!」
にこりときれいな笑顔で、メデュノアがめぐみに言う。
まるで有無を言わさない笑顔――というのだろうか。優しい微笑みのはずなのに、その顔はどこか怖い。
けれど、めぐみにだって言い分はあるのだ。
「ノアが、死んじゃうかと思ったから!」
「俺は大丈夫だっつの。心配してくれたのは、そりゃあ嬉しいが――下手したら、お前が死んでたんだぞ?」
「でも、ノアが死んじゃうのも駄目でしょう!? それに、私だって確実に死ぬ……っていうわけじゃなかったし……」
メデュノアが助かる可能性があるのに、魔法を使わない選択肢なんてない。
セレイツが倒れても使わなければいけないと言われて戸惑っていたが、対象がメデュノアになった瞬間、そんな戸惑いは吹き飛んだ。
絶対に助けたいと、思ったのだから仕方がない。
「うぅ……」
ぽろぽろと、めぐみの頬を涙が伝った。
メデュノアに怒られてしまったゆえの涙か、それとも、彼が無事だったという喜びの涙か。
「あー……もう」
「うきゃっ!」
メデュノアがめぐみを自身の胸へ抱き寄せて、その頭を抱える。胸を貸してやる――という、メデュノアの優しさだろうか。
泣きじゃくるめぐみをなだめるように背中を撫でて、「言い過ぎた」と謝った。
「うぅ、ふええぇぇ……っ」
「……めぐ」
「のあ、のあ……ごめんな、さいっ! でも、ノアが生きてて、よかったんだよ、ぅ……」
「クソッ」
無事でよかった、と。
そうメデュノアに縋りながら言葉を漏らす。まさか自分をそこまで心配しているなんて、と。メデュノアは逆にどうしていいかわからなくなってしまう。
ぐいっとめぐみを引き寄せ、自分の膝に座らせる形で抱きしめた。
めぐみが無事でよかったと思っているのは、メデュノアだって同じなのだ。きつく抱きしめて、めぐみが生きているということを全身で感じた。
今は海の上にある、大きな船の上。
豪華な調度品に囲まれた広い部屋は、どこか無機質だ。
中央に置かれている立派な天蓋付きのベッドには、めぐみが横たわっている。ベッドの縁に腰掛けて、メデュノアはそっとめぐみの髪を撫でる。
すぅすぅと聞こえる、めぐみの小さな寝息。
それはメデュノアをとても安堵させた。
――生きてる。
「あんだけリザレクションは使うなって言ったのに、この馬鹿が……」
セレイツとの戦いで、意識を失う寸前だったメデュノア。あのまま倒れていたら危なかったかもしれないと、自分でも思ってはいた。
人間とはいえ、さすがは勇者というところだろうか……。
しかし、めぐみを無事に助けだせたのだから僥倖かと薄く笑った。俺の勝ちだとメデュノアは思ったが、次の瞬間輝いたのはめぐみが使う回復魔法の光。
ここでめぐみが死んでしまっては、自分の勝ちもクソもないのだ。
「生きてるからいいものの……。少しでも魔力を消費してたら、助からなかったかもしれないっつーのに」
頭をがしがしとかきむしり、もう一度めぐみを見る。
めぐみからリザレクションを受けて復活したメデュノアは、すぐに場所の移動を開始した。魔大陸であるアルバディストから自分を捜しにきていた部下と合流し、今は船を使い帰路につく途中だ。
なかなか目覚めないと思いつつも、まだセレイツの元から離れて一時間ほどだ。
船をあと数時間走らせればアルバディストにつくだろう、という位置にいる。やれやれと息をつき、人型のまま体を保つメデュノアは疲れた様子を見せる。
そこにコンコンコンとノックの音がして、入室を許可すると彼の部下が顔を見せた。
この船を用意し、メデュノアを探していた部下だ。名をセドリック。うすい緑の髪に、オレンジの瞳。少し天然パーマがかかっていて、どこか柔らかい雰囲気を発している。
「めぐみさんは、まだ目覚めませんか?」
「ああ。――まぁ、魔力が回復すればじきに目も覚ますさ」
「その割に、傍を離れようとはしませんけどね」
「…………」
目でセドリックにうるさいと告げて、メデュノアが顔をそらす。
そんな様子を笑いながら見て、セドリックは昼食を運び入れた。トレイに、めぐみが起きたときのために二人分。
パンと、サラダと、肉を炒めたものだ。
めぐみが目覚めないといっても、体内の魔力が減っているので回復するために眠っている状態だ。魔力が回復すれば、自然と目が覚める。
そう――わかってはいるのだけれど、メデュノアはどうにも落ち着かない。
「まったく。メデュノアが人間の女にここまで振り回されるなんて……なんだか楽しいですねぇ」
「どこがだ」
自分用にと淹れてきたコーヒーを飲みながら、セドリックはメデュノアをからかうように笑う。部下とはいえ、馴染みの二人の間に気難しい関係はない。
普段女というものに興味を示さないメデュノアが、体を張って助けた相手だ。からかわずはいられない、というのがセドリックの結論だ。
「お前はいつも一言多い」
「そうですかねー? まぁ、むすーっとしているメデュノアよりはいいと思いますけどね」
あははと笑いながら、セドリックは残ったコーヒーを一気に飲み干した。
それからすぐに、部屋から出て行く。船の運転をオートにしているが、あまり長くはなれるのはよくないという。
あきれながら、「事故るなよ」とメデュノアが伝えれば、セドリックは笑いながら部屋を後にした。
「……ったく」
「うぅ……ん……」
「――めぐみ?」
少しの静寂が訪れたあと、ベッドに寝ていためぐみから声がもれた。
すぐにメデュノアがかけよって、めぐみの顔を覗き込む。震える睫毛が何度か瞬きをくりかえして、ゆっくりと瞳が開く。
「……の、あ?」
「ああ。無理に起きなくていい」
起きあがろうとするが、力があまり入らないらしくベッドに逆戻りしてしまう。「寝ていろ」とメデュノアがめぐみをベッドに押し付けて、飲み物の用意をするために立ち上がる。
熱すぎるもの冷たすぎるものよくないなと、紅茶の温度を魔力で調節してめぐみへ渡す。
背中を支えるようにしてベッドへ起こすと、「ふぅ」と、どちらともなく息がもれる。
「…………?」
――私、なんでこんな豪華なベッドに寝てるんだろう?
いまいちぽけぽけしてしまう頭を傾げて、自分に何が起こっていたのかを考えて――思い出した。
「そうだ、ノア! 怪我……はっ!?」
「おちつけ」
めぐみはばっとメデュノアに掴みかかって、怪我の有無を確認する。血がたくさん出て、今にも死にそうだったメデュノアは、しかし今は復活していた。
服はきれいなものに着替えながし、血でべとべとだった髪もきれいに洗われていた。
「よ、よかったよおぉぉぉ……」
元気なメデュノアの姿を見て、めぐみは一気に気が抜けた。張りつめた意図が切れたように、その場にへにょりと体を倒す。
「よかったじゃねぇ。めぐみ、俺が使うなって言ってたリザレクションをよくも使ってくれたな?」
「え……っ!」
にこりときれいな笑顔で、メデュノアがめぐみに言う。
まるで有無を言わさない笑顔――というのだろうか。優しい微笑みのはずなのに、その顔はどこか怖い。
けれど、めぐみにだって言い分はあるのだ。
「ノアが、死んじゃうかと思ったから!」
「俺は大丈夫だっつの。心配してくれたのは、そりゃあ嬉しいが――下手したら、お前が死んでたんだぞ?」
「でも、ノアが死んじゃうのも駄目でしょう!? それに、私だって確実に死ぬ……っていうわけじゃなかったし……」
メデュノアが助かる可能性があるのに、魔法を使わない選択肢なんてない。
セレイツが倒れても使わなければいけないと言われて戸惑っていたが、対象がメデュノアになった瞬間、そんな戸惑いは吹き飛んだ。
絶対に助けたいと、思ったのだから仕方がない。
「うぅ……」
ぽろぽろと、めぐみの頬を涙が伝った。
メデュノアに怒られてしまったゆえの涙か、それとも、彼が無事だったという喜びの涙か。
「あー……もう」
「うきゃっ!」
メデュノアがめぐみを自身の胸へ抱き寄せて、その頭を抱える。胸を貸してやる――という、メデュノアの優しさだろうか。
泣きじゃくるめぐみをなだめるように背中を撫でて、「言い過ぎた」と謝った。
「うぅ、ふええぇぇ……っ」
「……めぐ」
「のあ、のあ……ごめんな、さいっ! でも、ノアが生きてて、よかったんだよ、ぅ……」
「クソッ」
無事でよかった、と。
そうメデュノアに縋りながら言葉を漏らす。まさか自分をそこまで心配しているなんて、と。メデュノアは逆にどうしていいかわからなくなってしまう。
ぐいっとめぐみを引き寄せ、自分の膝に座らせる形で抱きしめた。
めぐみが無事でよかったと思っているのは、メデュノアだって同じなのだ。きつく抱きしめて、めぐみが生きているということを全身で感じた。