人形魔王は聖女の保護者

怒りのハイ・エリアヒール

 めぐみとメデュノアが街を観光していると、街へ入る門の方角から大きな爆発音。
 いったい何事だと二人が目を合わせれば、悲鳴が響く。何か事件だろうかと、めぐみは不安になる。

「ノア! 何かあったみたいだよ、どうしたら――……」
『めぐみは避難だな。気になるなら、俺が見てくる』
「え! 私も一緒にいくよ」
『駄目だ』

 すぐに走り出そうとするめぐみをメデュノアが制して、避難をしろと言う。
 確かにめぐみは足手まといになってしまう。が、自分には癒しの力があるのだ。もしかしたら、役に立つのではないかと思ってしまう。
 怪我人がいたら助けたい。そう思うめぐみ。

 けれど、メデュノアの考えは逆だ。
 もし大量の怪我人がいた場合、めぐみは魔力が枯渇するほどに回復魔法を使う危険性がある。めぐみは無自覚だが、魔力が少ない状態というのも体によくない。免疫力が弱くなり、体調を崩しやすくなるのだ。

「でも、でも――」
『セドリック!』
「はい、ここに」
「――!!」

 メデュノアが声をかけると、セドリックが転移魔法でめぐみのすぐ隣に現れた。
 びっくりしたのもつかの間で、すぐセドリックに手を取られる。素直に避難をしないのならば、力づくででも安全なところに避難させないといけないというメデュノアの判断だ。

「危険だったら大変ですからね。めぐみさんは、僕と一緒に避難しましょう」
「でも、そうしたらノアが一人で……?」
「メデュノアは強いから大丈夫ですよ。それにほら、今は人形の姿ですからね。いい宣伝マスコットになるかもしれませんよ」

 くすくす笑いながら、セドリックがメデュノアマスコット人形の案を出す。『馬鹿か』とメデュノアが一蹴して、とっとっとと歩き始める。

『めぐみを頼むぞ』
「え、本当に一人で行くの!?」
「大丈夫ですよ、メデュノアはああ見えて強いです。可愛いお人形ですけど、強いです」

 強いとか、弱いとか、そういうことではないのになとめぐみは思う。
 例えこの世界で一番強い存在がメデュノアだったとしても、めぐみは心配でたまらなくなるだろう。理屈ではないのだ。大丈夫だと理解はしているけど、笑って送り出すのが難しい。
 メデュノアの背中が見えなくなるまで見送って、めぐみは大人しくセドリックと共に宿屋へと向かう。街の入り口からは離れている場所にあるので、一番の安全地帯だろう。

「ノア……。お願いだから、無茶だけはしないでね」
「大丈夫。信じて待ちましょう」



 ◇ ◇ ◇

 セドリックが案内した宿屋は、この街で一番大きなところだった。
 入り口にはかれない花がたくさんあって、贅沢な作りになっているということがすぐに分かった。案内された部屋は落ち着いた調度品で、メインの部屋と応接室、さらには寝室が三室。
 自分がこんなところに泊まっていいのかなと不安になりつつも、メデュノアが魔王だということを思い出す。

 ――あんまり安い宿に……っていうわけにもいかないか。
 魔王、つまりこの大陸で一番偉いのがメデュノアだ。安い微妙な宿に泊まりましょうとは、さすがに言えないなと思う。
 ちらりとセドリックを見れば、慣れているのかのんびり紅茶を淹れている。「ゆっくり待ちましょう」と言われるが、そわそわしてしまう。

「お願いだから、無事で――え?」

 メデュノアの無事を祈ろうとして、めぐみは窓から現場が見渡せることに気付く。この宿屋は高級なため、階数も高いのだ。街でも一二を争うほどに高いので、街全体を見渡すことが出来た。
 そこで見たのは、街の入り口付近から上がる火の手だ。窓をはさんでいてもかすかに聞こえる、人の悲鳴。

 めぐみの背中に、冷たい冷や汗が伝う。
 心臓が嫌な早さで脈を打ち、めぐみの体はふらりと窓までいく。遠くて見えないはずなのに、その目は小さなうさぎ人形のメデュノアを捜してしまう。

 そして気付いたのは――この悲惨な事件の、原因だ。
 大きく目を見開いためぐみを見て、セドッリクは「ばれちゃいましたねぇ」と苦笑する。

「ばれ……でも、あれって――人間の、騎士、ですよね?」
「……そうです。めぐみさんも、知っているでしょう? 勇者であるセレイツが、魔王であるメデュノアを倒そうとしていることを」
「――っ!」

 ――そうだ。私は、魔王を倒すためにこの世界に召喚されたんだった。
 人間が魔族に攻め入っていたとしても、何ら不思議はない。ここは、そんな世界なのだ。

「でも、どうして争うんですか?」
「うーん、難しいですねぇ。まぁ、人間が魔に対していい感情を持っているということはないでしょうね。実際、魔物が人間に危害を加えているのは事実ですから」

 とはいえ、魔物は魔族も襲うので同一種族というわけでもないのだが……。そこまでめぐみに説明をすることはなく、セドリックは話を切り上げた。
 紅茶を机に置いて、焼き菓子も一緒に出す。「とりあえず、落ち着きましょう」と微笑まれるが――のんびりお菓子を食べているような気分にはどうしてもなれない。
 メデュノアが危ない目にあっているかもしれないのに、自分一人がのんびりお茶をしているわけにはいかない。

「メデュノアは魔王ですから、現場の処理もなれたものですよ」
「…………」

 ――なれたもの。よくあること、なんだ……。
 セドリックの言葉がめぐみの頭をぐるぐると回る。辛い。でも、地球でも確かに戦争はあったのだ。それも人間同士の。
 異世界であるここで、さらには種族が違う人が争うというのは――仕方がないことなのかもしれない。

「でも――辛いです」

 めぐみが俯いて、ぎゅっと拳を握りしめる。困ったようにセドリックが励ますけれど、めぐみの心は晴れない。
 早くメデュノアが帰ってくればいいと思いながら、セドリックはひとつ息をつく。

 そんなとき、ひときわ大きな爆発音が鳴り響いた。
 大きな魔法と、弓矢が降りそそいだのだ。逃げ惑う魔族の人がめぐみの目に映る。思わず息を飲む。この光景はいったいなんだと、心が問う。

「うそっ!」
「人間も、最近は強い者が多いですからね……」

 どうして、平和に暮らしている人たちに攻め入るのか。
 優しくしてくれた露天商のことを考えて、めぐむは胸が痛くなる。降りそそぐ矢で、魔法で――いったいどれくらいの人が怪我をしたのだろうか。

 ――気付けば、私は勝手に動いていた。

「街全体に届け! 《ハイ・エリアヒール》!」

 めぐみは声を高らかにし、回復魔法を唱えた。
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