人形魔王は聖女の保護者

人形使いは笑顔を振りまく

「めぐみさん……」
「はぁ……っ、ふぅ」

 傷つけられている人を見て、めぐみがとっさに使った魔法はハイ・エリアヒールだ。
 使用者の周囲にいる人を癒す魔法だが、今めぐみが使ったものは誰もが考える許容範囲をゆうに超えていた。

 幸いなことに、リザレクションを使ったように気絶をするということはなかった。それでも少し体がふらりとして、めぐみはその場に座り込んだ。
 すぐにセドリックが駆け寄ってきて、めぐみに「大丈夫ですか」と声をかける。少し立ちくらみがしただけなので、特に問題はないだろう。

「大丈夫です。ちょっとめまいがしただけなので……」
「それならいいですけど、あまり心配をかけないでくださいね」
「はい」

 セドリックの言葉にうなずき、めぐみはゆっくりと立ち上がった。そして確認をするのは、窓の外だ。
 回復魔法を使ってしまったが、メデュノアたちは大丈夫だろうか。

「……え?」
「まぁ、そうなるでしょうね」

 人間が攻めてきていたのに、いつの間にか形勢が逆転していた。



 ◇ ◇ ◇

 めぐみをセドリックにまかせた後、メデュノアは街の入り口へ。
 人間が攻めてきたのだろうということは、すぐに想像がついた。定期的にこういったことが起きて入るが、ここまでアルバディスト大陸の中央まできたことはなかった。
 いつもは港が近い、もっと浅い場所だ。

『ったく。魔族は何にもしてないっていうのにな』

 面倒に思いつつも、なんとかしなければならない。この街の人が傷つくのは、魔王として黙っているわけにはいかないのだ。

 街の入り口に行くと、そこにいたのは騎士をメインにした人間たちだ。その後ろには弓を構えた部隊と、冒険者のような姿も見せた。
 街の見張りについていた門番たちや魔族側の騎士が対応しているが、突然だったために素早い動きができていない。

『……あ』

 魔族側の騎士たちに指示を出そうとして、はたと気付く。
 今のメデュノアは、うさちゃん人形の姿のままだ。魔王だと言っても、信じるものはいないだろう。
 仕方がないので、口ははさまずに魔法を使ってアシストをすることにした。

 しかし、人間側の数が多かった。
 これはやばい。そう思っていた瞬間、一斉に魔法と矢での攻撃が街全体を覆う。あまりにも範囲が広い。どれだけ質のいい魔法使いがきているんだと、メデュノアは舌打ちをする。

『クソッ! ――なに!?』

 しかし攻撃を受けた次の瞬間、街を大きな光が包み込んだ。
 いったい何だと警戒をしながら辺りを見れば、それはめぐみとセドリックが向かった宿の方角だ。嫌な予感がしつつ周りを見ればその予感は的中する。

 戦っていた魔族たちの傷が――癒えたのだ。
 まちがいなく、めぐみの回復魔法だ。『あの馬鹿!』と、メデュノアは声に出す。
 倒れたばかりだというのに、再び魔法を使っためぐみ。そしてそれを止めることのできなかったセドリック。二人にため息しかでない。

『だが――……』

 これで魔族側に風向きがきた。
 メデュノアは大きな魔法を使い、喝をいれる。魔王と認識をされていないので、せめてこれくらいはしなくてはと思ったのだ。
 その活躍もあり、しばらくすると人間たちは逃げるように引き返していった。

『まぁ、とりあえずはこんなもんか。あとは城にもどったら対策を立てればいいし、すでにセドリックが連絡を入れてるからな』

 そんなことを考えていれば、メデュノアを呼ぶ声が背後から聞こえる。そう、これは――めぐみの声だ。

「お疲れ様です、メデュノア」
「大丈夫だった!?」
『お前ら、きたのかよ……ったく。宿にいろって言ったのに』

 姿をみせためぐみとセドリックを見て、メデュノアは大きくため息をつく。あははと笑うセドリックは、「言ってもメデュノアが心配だって、止まらなくて」と、あまり止めようとしなかったなということがわかる。

「怪我はない? それと、他の人も!」
『ああ、俺がそう簡単に怪我をするわけがないだろ? 街の人だって、お前のおかげで怪我はない』
「よかった」

 めぐみは安堵して、うさちゃん人形のメデュノアをぎゅっと抱きしめる。よかったよかったと、誰にも怪我がないことを喜んだ。

「ふええぇぇーん」
「……え?」

 しかし、街の中から小さな子供の泣き声。隣にはお母さんらしい人がいるので、迷子と言うわけではない。いったいどうしたのかと首を傾げれば、その疑問にセドリックが答えた。

「怖かったんでしょうね。子供たちは、戦いというものまだ知りませんから」
「そっか……。そうですよね、あんなの、怖いですよね。私も、すごく怖かったです……」
『まぁ、仕方がない。これから先は、俺たちが頑張るしかないからな』
「手配はすでに終わっていますよ」

 メデュノアの言葉に、問題はないとセドリックが返す。
 優秀な部下であるセドリックは、メデュノアが指示を出す前にすべての処理を行ってしまうなんて日常茶飯事だ。

「そっか。なら、安心ですね」

 めがみは安心したように微笑んで、「よかった」と言う。
 ここから先の仕事は、国として、魔王としてメデュノアたちが行うのだ。素人のめぐみが口を出せる領域ではない。

「なら、私にできることは……」
『ん?』

 メデュノアを抱きしめたまま、めぐみは泣いている子供のところまで小走りで向かう。

「?」

 子供は突然めぐみが現れたため困惑して、少し後ずさる。「大丈夫。ほら、うさちゃんだよ〜!」と言って、メデュノアを地面におろした。

『なんだよ、俺に慰めろってか?』
「ううん。楽しんでもらえるように、ちょっと芸でもどうかなって!」
『ん――なるほどな。なら、これでどうだ?』

 めぐみが子供を笑わせようとしていることに気付いたメデュノアは、両手に魔力を集めて水しぶきをあげる。それは空高くまで舞い上がり、風に吹かれて街へ降りそそぐ。

 その水しぶきが光に反射して、空に綺麗な虹をかけた。

「うわああぁあぁ、きれい!」
「うん。すごいね!」

 とたん子供は笑顔になって、メデュノアが作った虹に夢中になる。もちろん、子供だけじゃなくて大人たちもその視線を虹にむけた。

 ――私自身は、回復魔法くらいしかできないけれど……。
 それに、体の傷を治すことができても心の傷は治せない。だから、せめてみんなが笑顔になれるようなことを考えられたらいいなと思った。

 ――そのためにはまず、私が笑顔!
 絶対、負けないように頑張ろう。
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