人形魔王は聖女の保護者
第一章 聖女としての務め
初めての王城
突然異世界に召喚されためぐみは、王子であり勇者でもあるセレイツによって城へ連れてこられていた。「ここを自分の家だと思って」と微笑むセレイツに、ただただ頷くしか出来なかった。
そこからはあれよあれよという間に、女官の手でお風呂へ入れられ綺麗なドレスを着せられた。すべてがすまされぐったりした時には、めぐみの目の前には豪華な食事が並んでいた。
「…………」
あまりにも怒濤な展開だったため、めぐみは絶句状態だ。
白を基調にした美しい調度品の数々。優雅な美術品や、通常使いとは思えないほど綺麗な食器。働いている女官や騎士など、すべてがめぐみにとって見慣れないものだった。
綺麗にテーブルクロスが敷かれ、料理が並べられているのだが……めぐみは緊張して、上手く食べられる自信がない。
そんなめぐみを楽しそうに見ているのは、セレイツだ。
「さぁ、めぐみ。たくさん食べて」
「はい……」
にこにこと料理を勧めるセレイツは、それはもう嬉しそうにしていた。
めぐみという聖女を無事に召喚し、その手に収めたのだ。それはとても栄誉なことであり、この国にとっても僥倖であった。
魔王を倒すために召喚されためぐみだが、実際に行うことは回復魔法の行使だけ。危険はあまりなく、旅に出るまではゆっくりと王城で過ごして欲しいとセレイツは思っているのだ。
「……美味しい」
ぽつりと、めぐみの口から言葉が漏れる。
口にしたのは、魚のカルパッチョだ。身がぷりぷりしていて、とても食べ応えがあった。さすがは王族の食事だと、めぐみは感動する。
幸いなのは、食卓がセレイツと二人だけということだろうか。もし他にも人が一緒であれば、きっとめぐみは料理の味もわからなかっただろう。
続いてセレイツも優雅に食事をはじめ、二人の間ではたわいもない雑談が少し続いた。
「そうだ……。食べながらだけれど、少しだけこの世界のことを説明しようか」
それは、セレイツの気遣いだった。
突然召喚をされ、聖女と告げられ、しばらく日本へ帰らず魔王を倒すたびに出ることになった――めぐみへの。
食事の後は疲れてすぐに寝てしまうだろうから、今のうちに話をして少しでも安心してもらいたいと。セレイツはそう考えたのだ。
めぐみは直ぐに「お願いします」と伝え、少しでもこの世界のことを知っておかなければならないと考えた。
「この世界には、大陸が三つある。一つ目はここ、ノストファティア大陸。私たちが居るのはその中心地で、大陸名にちなみノストファティア王国と言うんだ」
なるほどと、めぐみは頷いた。
大陸名を名乗るという栄誉を与えられたこのノストファティア王国は、とてつもない大国だ。その国の第一王子であるセレイツは、本来ならば女子高生であるめぐみが話せるような人間ではない。
とんでもない所に来てしまったのだなと思いつつも、めぐみはセレイツの話に耳を傾ける。
「二つ目は、魔王が統治する魔の大陸アルバディスト」
「……!」
少しだけ声を低くし、セレイツがその大陸の名を告げる。
それは聖女として召喚されためぐみと、光の勇者であるセレイツが倒すべき魔王の居る地だ。
「どちらの大陸にも魔物がいるんだけど、それを使役しているのが魔王。そのため、私たちは魔王を倒そうとしているんだ。魔物に多くの人が傷つけられているからね……」
セレイツは苦しそうな顔をし、ぎゅっと手を固く握りしめた。国民を傷つけられて辛いと、その表情がめぐみに訴えかけていた。
日本には存在しない魔物という言葉にめぐみは震えたが、しかし誰かが傷つけられているのであれば、自分に助ける力が少しでも存在するのであれば、助けてあげたいと思う。
もちろん、魔物は怖いけれど――。
「私の国は、ちょっと凶暴な動物がいるくらいだったんですけど……魔物って、どんな生き物なんですか?」
「ああ、なるほど。――魔物は、体内に魔力を宿した生物だ。動物よりも強いため、騎士や冒険者が討伐をしたりしているんだ」
セレイツは少し驚くが、すぐにめぐみが魔物の存在しない世界からきたということを理解した。
魔力のある生物。まさにゲームだ。そう思いつつも、ゲームや漫画の知識のおかげですんなり理解することが出来たのは僥倖だった。
少しは戦うことへの心構えも出来るだろうと、めぐみは前向きに考えたのだ。
聖女ではないと主張する予定だったのに、うっかり回復魔法を使えてしまったので戦う以外の選択肢はない。
しかし、回復以外で聖女が使える魔法はあるのだろうかとめぐみは首をかしげる。そう、たとえば攻撃魔法。
けれどセレイツの答えは、めぐみが予想していたものではなかった。
「心配しないで。めぐみを戦わせたりはしないから。戦うのは、私だから――ね?」
「は、はい……っ」
「私が必ず守るから、安心して。城の中も自由にしてもらってかまわない。何か不便があれば、すぐに言うんだよ?」
優しく微笑むセレイツは、少しでもめぐみの不安が取り除けるように努力しようと考えている。その気遣いはもちろん嬉しく思うのだが、めぐみは若干申し訳なくも思ってしまう。
無理やり召喚されたのだから、当たり前の待遇と言えばそうなのだが……日本人の謙虚さが出てしまっているのだろう。
「それと、話の続きだね。三つ目の大陸は、神が住むと言われている女神の楽園と呼ばれている島。ここは、光の結界に守られて何人も立ち入ることの出来ない場所だ。今回の魔王討伐には、関わりのない大陸だね」
困ったように笑うセレイツは、「私も入れないんだ」と言う。
その見事な光の結界は、旅の途中で見ることが出来るので、ぜひめぐみも見てみるといいと続けた。幻想のような光景は、日本では見ることの出来ないものだろう。
そして最後にと、セレイツは言葉を続ける。
「明後日からは、魔法についての勉強をしてもらう。その後は聖女の儀式を行うから、よろしくね」
「えっと、儀式……?」
正直に言って、めぐみは魔法の勉強に関しては楽しみに思っている。一度は使いたいものが魔法だと思っているからだ。
しかし、聖女の儀式とはいったい何なのか。めぐみは特別な教養があるわけではないので、難しい作法などはわからない。
不安そうにするめぐみを見たセレイツは、「そんな大層なものじゃないよ」と笑う。
「私と一緒に神殿にある泉に入って、体を清めるだけだよ。その後、神殿長の話を聞くだけ――めぐみが何かするということはないから、安心して」
「泉に入って、話を聞くだけ? それくらいなら、大丈夫そうです」
「良かった」
ほっと胸をなでおろして、めぐみは安堵した。もし、奉納の舞などと、踊りやら何やらを求められたらどうしようかとはらはらしていたのだ。
セレイツと一緒に、泉に入って話を聞くくらいであれば問題ないだろうとめぐみは判断した。もちろん、神殿長の話とやらが数時間にも及ばなければ……だが。めぐみは長い話が苦手で、どうしても睡魔に襲われてしまうのだ。
――とりあえず、やれることはやってみよう。世界平和のために!
◇ ◇ ◇
「マナーでございますか?」
「はい。私、あまりこの国のことを知らなくて……」
セレイツとの食事が終わり、部屋へ案内されためぐみは礼儀作法に関することを聞くことにした。
どうやら明後日には、この国王との面会がセッティングされているらしく、めぐみは今から憂鬱な気分になっていた。
この国の国王ということは、この大陸の頂点だ。つまり、この世界の頂点と同義ではないか。
なので、めぐみは侍女としてつけてもらったリリナにマナーを教えてもらうことにしたのだ。
水色の髪をゆったり結っている彼女は、めぐみより一歳年上の一八歳だ。口調も穏やかで、優しくめぐみを気にかけてくれる優しい人だ。
「明後日なんですけど、王様に面会するみたいで。でも、私はそういった時にどうしたらいいかわからなくて……」
「さようでございましたか……。では、陛下にご挨拶をする際の礼儀をお教えいたしますね」
「はい」
不安そうなめぐみを見て、リリナは快く引き受ける。お手本として、て礼をして見せてくれた。
謁見の間で会う時は、赤い絨毯が敷かれている中程で立ち止まり膝をつく。女性の場合は、着ているドレスの裾を少し手で持ち上げふわりとさせる。
ドレスを着た後にもう一度お教えしますとリリナが言う。基本的に、めぐみの支度をするのが彼女の役割なのだ。
「めぐみ様は聖女であらせられるのですから、堂々としていらして大丈夫ですよ。ご心配なさらないでください」
「……はい」
「それに、セレイツ殿下も陛下と一緒にいらっしゃいますから」
何か不測の事態があったとしても、セレイツがしっかりエスコートをしてくれるから問題ない。そう言ってリリナはめぐみに安心するように伝える。
しかし、めぐみはといえば逆にセレイツにエスコートされることが恥ずかしいと思っている。あんなにきらきらとしたイケメンは、今までめぐみの近くに居なかったからだ。
何事も失敗しなければ良いなと思いながら、めぐみはリリナの手によって眠るための支度をされていく。さらさらとした記事の夜着を着れば、まるでお姫様だなとめぐみは思った。
「リラックスですよ、めぐみ様。と、これ以上は明日に差し支えますので失礼いたしますね」
「ありがとうございます、リリナさん」
すっと頭を下げて、リリナは綺麗に礼を取り退出した。
その洗礼された動きは、とてもではないが自分では出来そうにないとめぐみは肩を落とす。
めぐみに与えられた部屋は、メインの広い部屋と、奥に寝室がある二部屋の造りになっていた。天蓋付きのふかふかベッドは、自分には縁がないと思っていた代物だ。
ふかふかのベッドで、まくらも大きい。その横には、一緒に召喚されてしまっためぐみお気に入りのうさちゃん人形が鎮座していた。
「せめてお前が一緒にいてくれて良かったよ~!」
うさちゃん人形をぎゅーっと抱きしめた。小さい頃からお気に入りの人形だったので、傍にあるだけで心が休まるのだ。
そしてふと気付く。うさちゃんの足部分が、少し切れてしまっていることに。
「あぁぁ……。綿が少し出てる。どこかで引っ掛けたりしちゃった? それとも、召喚された時に何かあったのかな?」
お裁縫道具を借りれたら、明日直して上げよう。そう思いつつも、大切な人形がやぶけているのはどうしても気になってしまう。
悩みつつも、あれを試してみようかと――めぐみの脳裏によぎる。幸いなことに、今は一人だ、恥ずかしくはない。
「ごめんね、痛いよね。うーん、《ヒール》《ヒール》《ヒール》《超☆ヒール》! ……なんちゃって」
めぐみは試しに昼間セレイツに教えてもらった魔法を使ってみる。しかも連打だ。加えて最後は適当にアレンジまでした。
恥ずかしくない。そう思い使ったのだが……いや、やはり恥ずかしい。すさまじくめぐみは恥ずかしかった。そう思いまくらに頭をつっぷしていれば、不意に『うわぁっ!』と声が聞こえた。
「え――?」
『な、なんだこれは……っ!』
――おっと。私のうさちゃん人形が喋ったぞ?
そこからはあれよあれよという間に、女官の手でお風呂へ入れられ綺麗なドレスを着せられた。すべてがすまされぐったりした時には、めぐみの目の前には豪華な食事が並んでいた。
「…………」
あまりにも怒濤な展開だったため、めぐみは絶句状態だ。
白を基調にした美しい調度品の数々。優雅な美術品や、通常使いとは思えないほど綺麗な食器。働いている女官や騎士など、すべてがめぐみにとって見慣れないものだった。
綺麗にテーブルクロスが敷かれ、料理が並べられているのだが……めぐみは緊張して、上手く食べられる自信がない。
そんなめぐみを楽しそうに見ているのは、セレイツだ。
「さぁ、めぐみ。たくさん食べて」
「はい……」
にこにこと料理を勧めるセレイツは、それはもう嬉しそうにしていた。
めぐみという聖女を無事に召喚し、その手に収めたのだ。それはとても栄誉なことであり、この国にとっても僥倖であった。
魔王を倒すために召喚されためぐみだが、実際に行うことは回復魔法の行使だけ。危険はあまりなく、旅に出るまではゆっくりと王城で過ごして欲しいとセレイツは思っているのだ。
「……美味しい」
ぽつりと、めぐみの口から言葉が漏れる。
口にしたのは、魚のカルパッチョだ。身がぷりぷりしていて、とても食べ応えがあった。さすがは王族の食事だと、めぐみは感動する。
幸いなのは、食卓がセレイツと二人だけということだろうか。もし他にも人が一緒であれば、きっとめぐみは料理の味もわからなかっただろう。
続いてセレイツも優雅に食事をはじめ、二人の間ではたわいもない雑談が少し続いた。
「そうだ……。食べながらだけれど、少しだけこの世界のことを説明しようか」
それは、セレイツの気遣いだった。
突然召喚をされ、聖女と告げられ、しばらく日本へ帰らず魔王を倒すたびに出ることになった――めぐみへの。
食事の後は疲れてすぐに寝てしまうだろうから、今のうちに話をして少しでも安心してもらいたいと。セレイツはそう考えたのだ。
めぐみは直ぐに「お願いします」と伝え、少しでもこの世界のことを知っておかなければならないと考えた。
「この世界には、大陸が三つある。一つ目はここ、ノストファティア大陸。私たちが居るのはその中心地で、大陸名にちなみノストファティア王国と言うんだ」
なるほどと、めぐみは頷いた。
大陸名を名乗るという栄誉を与えられたこのノストファティア王国は、とてつもない大国だ。その国の第一王子であるセレイツは、本来ならば女子高生であるめぐみが話せるような人間ではない。
とんでもない所に来てしまったのだなと思いつつも、めぐみはセレイツの話に耳を傾ける。
「二つ目は、魔王が統治する魔の大陸アルバディスト」
「……!」
少しだけ声を低くし、セレイツがその大陸の名を告げる。
それは聖女として召喚されためぐみと、光の勇者であるセレイツが倒すべき魔王の居る地だ。
「どちらの大陸にも魔物がいるんだけど、それを使役しているのが魔王。そのため、私たちは魔王を倒そうとしているんだ。魔物に多くの人が傷つけられているからね……」
セレイツは苦しそうな顔をし、ぎゅっと手を固く握りしめた。国民を傷つけられて辛いと、その表情がめぐみに訴えかけていた。
日本には存在しない魔物という言葉にめぐみは震えたが、しかし誰かが傷つけられているのであれば、自分に助ける力が少しでも存在するのであれば、助けてあげたいと思う。
もちろん、魔物は怖いけれど――。
「私の国は、ちょっと凶暴な動物がいるくらいだったんですけど……魔物って、どんな生き物なんですか?」
「ああ、なるほど。――魔物は、体内に魔力を宿した生物だ。動物よりも強いため、騎士や冒険者が討伐をしたりしているんだ」
セレイツは少し驚くが、すぐにめぐみが魔物の存在しない世界からきたということを理解した。
魔力のある生物。まさにゲームだ。そう思いつつも、ゲームや漫画の知識のおかげですんなり理解することが出来たのは僥倖だった。
少しは戦うことへの心構えも出来るだろうと、めぐみは前向きに考えたのだ。
聖女ではないと主張する予定だったのに、うっかり回復魔法を使えてしまったので戦う以外の選択肢はない。
しかし、回復以外で聖女が使える魔法はあるのだろうかとめぐみは首をかしげる。そう、たとえば攻撃魔法。
けれどセレイツの答えは、めぐみが予想していたものではなかった。
「心配しないで。めぐみを戦わせたりはしないから。戦うのは、私だから――ね?」
「は、はい……っ」
「私が必ず守るから、安心して。城の中も自由にしてもらってかまわない。何か不便があれば、すぐに言うんだよ?」
優しく微笑むセレイツは、少しでもめぐみの不安が取り除けるように努力しようと考えている。その気遣いはもちろん嬉しく思うのだが、めぐみは若干申し訳なくも思ってしまう。
無理やり召喚されたのだから、当たり前の待遇と言えばそうなのだが……日本人の謙虚さが出てしまっているのだろう。
「それと、話の続きだね。三つ目の大陸は、神が住むと言われている女神の楽園と呼ばれている島。ここは、光の結界に守られて何人も立ち入ることの出来ない場所だ。今回の魔王討伐には、関わりのない大陸だね」
困ったように笑うセレイツは、「私も入れないんだ」と言う。
その見事な光の結界は、旅の途中で見ることが出来るので、ぜひめぐみも見てみるといいと続けた。幻想のような光景は、日本では見ることの出来ないものだろう。
そして最後にと、セレイツは言葉を続ける。
「明後日からは、魔法についての勉強をしてもらう。その後は聖女の儀式を行うから、よろしくね」
「えっと、儀式……?」
正直に言って、めぐみは魔法の勉強に関しては楽しみに思っている。一度は使いたいものが魔法だと思っているからだ。
しかし、聖女の儀式とはいったい何なのか。めぐみは特別な教養があるわけではないので、難しい作法などはわからない。
不安そうにするめぐみを見たセレイツは、「そんな大層なものじゃないよ」と笑う。
「私と一緒に神殿にある泉に入って、体を清めるだけだよ。その後、神殿長の話を聞くだけ――めぐみが何かするということはないから、安心して」
「泉に入って、話を聞くだけ? それくらいなら、大丈夫そうです」
「良かった」
ほっと胸をなでおろして、めぐみは安堵した。もし、奉納の舞などと、踊りやら何やらを求められたらどうしようかとはらはらしていたのだ。
セレイツと一緒に、泉に入って話を聞くくらいであれば問題ないだろうとめぐみは判断した。もちろん、神殿長の話とやらが数時間にも及ばなければ……だが。めぐみは長い話が苦手で、どうしても睡魔に襲われてしまうのだ。
――とりあえず、やれることはやってみよう。世界平和のために!
◇ ◇ ◇
「マナーでございますか?」
「はい。私、あまりこの国のことを知らなくて……」
セレイツとの食事が終わり、部屋へ案内されためぐみは礼儀作法に関することを聞くことにした。
どうやら明後日には、この国王との面会がセッティングされているらしく、めぐみは今から憂鬱な気分になっていた。
この国の国王ということは、この大陸の頂点だ。つまり、この世界の頂点と同義ではないか。
なので、めぐみは侍女としてつけてもらったリリナにマナーを教えてもらうことにしたのだ。
水色の髪をゆったり結っている彼女は、めぐみより一歳年上の一八歳だ。口調も穏やかで、優しくめぐみを気にかけてくれる優しい人だ。
「明後日なんですけど、王様に面会するみたいで。でも、私はそういった時にどうしたらいいかわからなくて……」
「さようでございましたか……。では、陛下にご挨拶をする際の礼儀をお教えいたしますね」
「はい」
不安そうなめぐみを見て、リリナは快く引き受ける。お手本として、て礼をして見せてくれた。
謁見の間で会う時は、赤い絨毯が敷かれている中程で立ち止まり膝をつく。女性の場合は、着ているドレスの裾を少し手で持ち上げふわりとさせる。
ドレスを着た後にもう一度お教えしますとリリナが言う。基本的に、めぐみの支度をするのが彼女の役割なのだ。
「めぐみ様は聖女であらせられるのですから、堂々としていらして大丈夫ですよ。ご心配なさらないでください」
「……はい」
「それに、セレイツ殿下も陛下と一緒にいらっしゃいますから」
何か不測の事態があったとしても、セレイツがしっかりエスコートをしてくれるから問題ない。そう言ってリリナはめぐみに安心するように伝える。
しかし、めぐみはといえば逆にセレイツにエスコートされることが恥ずかしいと思っている。あんなにきらきらとしたイケメンは、今までめぐみの近くに居なかったからだ。
何事も失敗しなければ良いなと思いながら、めぐみはリリナの手によって眠るための支度をされていく。さらさらとした記事の夜着を着れば、まるでお姫様だなとめぐみは思った。
「リラックスですよ、めぐみ様。と、これ以上は明日に差し支えますので失礼いたしますね」
「ありがとうございます、リリナさん」
すっと頭を下げて、リリナは綺麗に礼を取り退出した。
その洗礼された動きは、とてもではないが自分では出来そうにないとめぐみは肩を落とす。
めぐみに与えられた部屋は、メインの広い部屋と、奥に寝室がある二部屋の造りになっていた。天蓋付きのふかふかベッドは、自分には縁がないと思っていた代物だ。
ふかふかのベッドで、まくらも大きい。その横には、一緒に召喚されてしまっためぐみお気に入りのうさちゃん人形が鎮座していた。
「せめてお前が一緒にいてくれて良かったよ~!」
うさちゃん人形をぎゅーっと抱きしめた。小さい頃からお気に入りの人形だったので、傍にあるだけで心が休まるのだ。
そしてふと気付く。うさちゃんの足部分が、少し切れてしまっていることに。
「あぁぁ……。綿が少し出てる。どこかで引っ掛けたりしちゃった? それとも、召喚された時に何かあったのかな?」
お裁縫道具を借りれたら、明日直して上げよう。そう思いつつも、大切な人形がやぶけているのはどうしても気になってしまう。
悩みつつも、あれを試してみようかと――めぐみの脳裏によぎる。幸いなことに、今は一人だ、恥ずかしくはない。
「ごめんね、痛いよね。うーん、《ヒール》《ヒール》《ヒール》《超☆ヒール》! ……なんちゃって」
めぐみは試しに昼間セレイツに教えてもらった魔法を使ってみる。しかも連打だ。加えて最後は適当にアレンジまでした。
恥ずかしくない。そう思い使ったのだが……いや、やはり恥ずかしい。すさまじくめぐみは恥ずかしかった。そう思いまくらに頭をつっぷしていれば、不意に『うわぁっ!』と声が聞こえた。
「え――?」
『な、なんだこれは……っ!』
――おっと。私のうさちゃん人形が喋ったぞ?