人形魔王は聖女の保護者

キスしてください

「ノア?」
『…………』

 黙り込んでしまったメデュノアを不思議に思い、めぐみは顔を覗きこむ。元に戻る方法をしっている様子だったけれど、何か言いにくいことなのだろうかと考える。
 でなければ、いつも容赦なくものを言うメデュノアがこんなに押し黙るわけがない。

『あー……なんていうか、その。お前が苦手っていうか、好まない方法だろうから……』
「私が好まない方法? でも、それをすればノアが助かるんでしょう? 私はいっぱいノアに助けてもらったんだもん。好まなくたってなんだって、ちゃんと協力するよ」

 ゆっくりとうさちゃん人形のメデュノアを抱き上げて、めぐみは「大丈夫だよ」と頬をすりよせる。
 ずっとめぐみを助けてくれたのだ。どんなことを言われたとしても、絶対に完遂する心意気だ。
 どんとこいと胸を張る彼女を見て、メデュノアはため息をつく。

 ――もう少し警戒をしてくれ。
 こんなんだから、セレイツにも簡単にキスをされてしまうのだ。

「ノア?」
『いや。お前が能天気だから大変だと思っただけだ』
「えええ!?」

 ズバリと言うメデュノアに、めぐみは意義をあげる。が、それはメデュノアに軽くスルーされてしまう。
 こっちの気遣いもしらないで、と。メデュノアは頭の中で思う。

『なら、驚くなよ』
「もちろんだよ!」
『――俺の魂を元に戻すには、キスをすることが条件だ』
「なんだそのくらい――って、キス!?」

 メデュノアの言葉に、一瞬でめぐみの顔が赤く染まった。
 まさかそんなことを言われるとは、まったくもって予想をしていなかったからだ。魔法を使えばいいのかなとか、そんな魔力的なことを考えていたからだ。

 ――キスで魔法が解けるなんて、まるでおとぎ話みたい……。
 どきどきと、胸が高鳴るのを意識してしまう。

「でも、大丈夫」
『うん?』
「それくらい、余裕だよ!」

 自分の胸を叩き、「まかせて」と言うめぐみ。
 いったいその自身はどこからくるのかわからないが、めぐみがそう言うのであればいいとメデュノアは安堵した。

「女は度胸だ、えいっ!」
『――!?』

 めぐみはぐいっと、うさちゃん人形のメデュノアを抱きしめてその唇にキスをした。
 セレイツにキスをされたときに、一度メデュノアがしてくれているのだ。もう一度、メデュノアを助けるためならばこれくらいは厭わない。
 人形特有のもふっとしたものが唇にふれて、なんだか恥ずかしい。

「……ふぅ」

 やりきったという顔をして、めぐみはなんとか落ち着いた。
 たとえ人形とはいえ、中身はメデュノアなのだ。それはもう、恥ずかしいのだ。「どう?」と、人形のメデュノアに状況を聞いて――。

 ――ん? 人形?
 人間の姿に戻れるのではなかっただろうか。おかしいなと首を傾げれば、メデュノアは大きくため息をついた。

『こっちじゃなくて、俺の本体にしないと駄目だ』
「え、ええええええええ!?」

 てっきり人形のメデュノアにキスをすればいいと思っていたので、めぐみは驚き目を見開いた。小さく「うそ……」と呟いて、どうしようという顔をしている。

『ったく……』
「だ、だって……」

 力なく声を上げて、めぐみはちらりとベッドに寝ているメデュノアの体を見る。とても整った顔立ちの美青年で、見ているだけで緊張してしまいそうだ。
 意識がないからといって、キスをするのはどうしても戸惑われてしまうし、勇気がいる。
 しかも中身のメデュノアがここにいるのだから、なおさらだ。

「ど、どうしよぅ……」
『俺に言われてもな』
「そ、そうだよね。でも、私が、その……キスしないと、戻れないんだよね?」

 おずおずとめぐみが問えば、メデュノアからは肯定の返事が返ってくる。

「…………」
『……』

 二人の間に、沈黙が流れる。
 顔が真っ赤なめぐみと、呆れているようなメデュノアだ。先に沈黙を破ったのは、メデュノア。

『……別に、無理してしなくていいぞ。そのうち、解決方法もわかるだろうし』
「でも……。やっぱり、それは駄目だよ」

 今は大丈夫でも、何かあったら、魂が体にない状態を長引かせるのはよくないとめぐみは考える。
 この状態が続いてメデュノアが死んでしまったりしたら、どうしようもない。
 めぐみはぎゅっと目を閉じて、考える。

「…………」

 約、数分。
 めぐみはぱちりと目を開けて、大きく頷いた。

「キス、する」
『めぐみ、お前――』
「ここでしないで、ノアに何かあるほうが嫌だ。そりゃぁ、ノアは私みたいなおこちゃまにキスをされるのは嫌かもしれないけれど……」

 もしかして、恋人がいたらどうしようと考える。
 それか婚約者? まさか結婚はしていないだろうと考えるが、どうしても聞く勇気は出なかった。

「……い、いい?」
『あ、ああ』

 耳まで赤くして、めぐみがメデュノアに問う。思わず口ごもりつつも、肯定の言葉を返す。

 ――恥ずかしい。
 しんとした部屋の中に、めぐみのどきどきとしている心臓の音だけが響いているように感じる。
 恥ずかしくて、メデュノアの顔が見れそうにない。

 うさちゃん人形のメデュノアは見ないようにして、めぐみはベッドで寝ている人のメデュノアへと近づく。そっとベッドの端に座って、その顔を見る。
 ほんのり色づいている肌は、メデュノアが生きているということを教えてくれる。

「……うぅ。恥ずかしい」
『めぐみ……?』

 ――嫌、ではなく?
 自分の本体に近づくめぐみを見て、メデュノアは不思議に思う。
 嫌だと拒絶をされるとばかり思っていたが、その理由はどうやら違うものだった。

 とくん、とくんと。
 脈打つのは、めぐみだろうか。それとも、メデュノアもだろうか。

 メデュノアから見えるのは、めぐみの後ろ姿だけだ。

「す、するね?」
『あ、ああ……っ』

 確認をしたが、それが逆に恥ずかしいということに気付かないくらい、めぐみは心臓がばくばくとしている。
 めぐみはゆっくりと体を落とす。メデュノアの綺麗な顔が眼前にあって、どうしようという気持ちになる。

 ――大丈夫、このメデュノアは意識がない意識がない意識がない!
 ちょんとキスをすればいいだけだ。
 キスをした瞬間にメデュノアの意識が戻ることはまったく考えずに、めぐみはその唇に自分のそれを重ねた。
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