人形魔王は聖女の保護者

魔法の力

 めぐみが小さな頃から大切にしていたうさぎのお人形。それが突然、喋りだした。驚いて目をぱちくりさせれば、うさちゃん人形はくるりとめぐみの方を向いた。
 そして発せられた声は、もふもふとした可愛らしいうさぎの人形には似合わない――低い声。

『どうなってるんだ、これは』
「私に言われても……。というか、うさちゃんなの?」

 まさか男の子の人形だとは思ってもみなかったと、めぐみは焦る。可愛い人形だったから、女の子のうさぎだち思っていたのだ。
 人形が意思を持った結果、男の子――。

『そんなわけあるか!』

 と、めぐみが思ったのだが即座に否定の声が上がった。
 ほっとしたのもつかの間で、がおーとでも叫びそうに、うさちゃん人形は手をぶんぶんと動かす。
 首元にはピンクのリボン。とても可愛らしい姿なのだが――いかんせん外見と中身が違いすぎる。

『お前、何者だ。変な魔法でも使ったのか!?」
「そう言われても……。人形の足が切れちゃってたから、私はヒールを連打してみただけというか、なんというか」
『連打? あぁ、連続で使ったのか。――って、連続でヒールを使った!? 人間がそんなこと、出来るわけないだろ!!』
「え?」

 めぐみが素直告げれば、うさちゃん人形は『ありえない!』と声を上げた。
 しかし魔法に関することをまったく知らないのだから、なぜだと聞かれてもめぐみには答えることが出来ない。むしろ、教えて欲しいとすら思うというのに。
 困った顔をすれば、うさちゃん人形は『はぁ』と大きくため息をついた。

『回復魔法はとても難しくて、使える人間などほぼいないはずだ。1回使えるだけでもすごいのに、それを連続で使うなんて。――お前本当に人間か?』

 いぶかしむようなうさちゃん人形の声に、むっとしてめぐみは答える。

「人間だもん……。とはいえ、召喚されたみたいだからこの世界の人間ではないけど」
『召喚された?』

 めぐみはうさちゃん人形に、今日の出来事をすべて話した。もちろん、この世界の常識を知らないことも含めて。
 そうすれば、納得したようにうさちゃん人形は『ふむふむ』と頷いた。その姿がなんだか可愛くて、きゅんと癒されたように感じてしまう。

『なるほどなぁ……。でも、召喚もして帰還もさせるなんて嘘くせぇけどな』
「え?」
『あの魔法はとてつもなく高度で、魔力の消費も多い。一度召喚魔法を使えば、二度は使えないと思ったほうがいい。帰還も同じで、どちらか一方を一度使うのがいいとこだろ』
「…………」

 言い終えたうさちゃん人形はじっとめぐみを見つめ、それが本当のことであると告げる。
 そんな馬鹿なこと、あるわけがない。めぐみは不安になって、ぎゅっと手をにぎりしめた。優しいセレイツが、めぐみを騙しているとは思えないのだ。

 ――難しい魔法ということは、理解した。けど、セレイツさんはこの国の王子で、勇者だ。人より魔力が多い可能性だってある。
 勇者という規格外の存在は、うさちゃん人形の言う不可能のようなことを可能にしてしまうことが出来るのかもしれない。
 しかしそれ以上に、めぐみはセレイツを信じたいのだ。

『まぁ、可能性がゼロってわけじゃない。落ち込むな』
「……ありがとう」

 黙って俯いためぐみを、うさちゃん人形が優しく撫でる。一生懸命背伸びをするその姿が可愛らしくて、めぐみは思わずぎゅっと抱きしめてしまう。
 すぐにじたばたと暴れて、『おいやめろ!』と可愛いうさちゃん人形が可愛くない声で叫ぶ。

「……そうだ。あなた、うさちゃんではないんだよね? 名前って、あるの?」
『あるぞ。俺はメデュノアだ』
「めでゅのあ……うん、ノアだね。私はめぐみだよ」
『勝手に略すな!』

 ちょっと呼びにくい名前だし、可愛らしいうさちゃん人形にメデュノアではちょっと微妙だ。そう思い、可愛くノアと省略して呼べば起こられてしまう。
 でも、絶対にノアと呼んだほうが可愛いと、めぐみはその姿勢をくずしはしない。
 めぐみが「ノア、ノア~」と続けざまに呼べば、あきらめたのかメデュノアはうさちゃん人形から力を抜いて素直に抱きしめられた。
 やれやれと思いつつも、メデュノアは突如召喚されてしまっためぐみを気遣っているのだ。その優しさにめぐみは気付かないけれど、メデュノアはそれを押し付けたりはしない。

『ヒール以外にも使えるのか?』
「魔法? うーん、どうなんだろう。セレイツさんに教えてもらったのがヒールだけだから、それ以外は知らないんだ」
『そういうことか。回復系統なら、上位魔法だと……ハイ・ヒール、エリアヒール、ハイ・エリアヒール、リザレクション。状態異常を治せるキュアという魔法があるぞ』
「おぉ、すごい」

 ――まるでゲームだ。
 メデュノアはひとつずつ、どういった効果がある魔法なのかを説明した。


 《ヒール》
 小さめの怪我を治すことが出来る。

 《ハイ・ヒール》
 大きめの怪我を治すことが出来る。

 《エリアヒール》
 使用者が認識する範囲に居る人にヒールを施すことが出来る。
 認識範囲は熟練度による。

 《ハイ・エリアヒール》
 使用者が認識する範囲に居る人にハイ・ヒールを施すことが出来る。
 認識範囲は熟練度による。

 《リザレクション》
 体外・内に問わず治療が出来る。

 《ギュア》
 毒や麻痺など、状態以上を治すことが出来る。


「本当に使えるかはわからないけれど、怪我や病気になっても自分で治せそう」

 この世界において、心配なのはやはり怪我や病気だ。
 日本であれば病院などの設備が整っているが、この世界は日本よりもかなり技術面では劣っているだろうとめぐみは考える。
 その証拠に、森から城への移動は馬と馬車を使った。街の中にも自動車などが走っている訳もなく、馬車が主流として動いていたのだ。
 そんな中で、回復魔法を使えるのは大きい。しかも、メデュノアの話を聞く限り回復魔法はかなり貴重なもののようだった。

『使う魔法によって魔力の回復力は違うが……。お前は魔力が多そうだな』
「そうなの?」
『ああ。俺も魔力が多い。だから、人の魔力量を見るのは得意だ』

 なるほどと、めぐみは頷く。
 魔力が多いのならば、それにこしたことはないだろう。少なすぎて魔法が使えないということがなくて良かったと、ほっとする。

『ちなみに、いきなりリザレクションとか上位魔法は使うな。魔力が足りないと、最悪死ぬからな』
「え……っ! し、死ぬの!?」
『そうだ。魔力が空になれば気絶程度で済むが、必要分が足りない場合は死ぬぞ。魔力の変わりに、魔法使用者の生命力を無理矢理使って魔法が発動するからな。――間違っても、他の奴にリザレクションという単語を漏らすなよ』
「……!!」

 メデュノアの警告するような言葉に怖くなって、めぐみは自分の口を塞ぎこくこくと頷いた。
 回復魔法とは、その内容を知っている人自体が多はない。古い文献などで伝わっているが、使用者がほとんどいなかたために、一般的にはヒールとハイ・ヒールくらいしか伝わっていないのだ。
 しかしそれなら、死ぬ可能性があるような物騒な魔法を教えないで欲しかった。そうめぐみがメデュノアに伝えるが――メデュノアはただ『知っておけ』とだけ告げる。
 知らないことと知っていることで、大きく未来が違ってくるならことさらにと。

『保険だ』
「うん?」

 ――いったい何の保険だろう?
 めぐみが首を傾げれば、今度は『知らなくていい』と言う。
 しかし、リザレクションなどはゲームでもよく使われる魔法だ。仮にめぐみが使えるかもしれないと、唱えてしまっていたら確かに大変なことになっていたかもしれない。
 そう考えると、体が震える。この魔法が上位であることを教えてもらえたのは、良かったのかもしれない。
 めぐみが素直に「ありがとう」と伝えれば、メデュノアは嬉しそうに微笑んだ。

「……ふぁ」
『眠いのか?』
「ん、結構」
『まぁ、そうだろうな。横になって、寝ちまえ。後のことは明日にでも考えればいいだろ』

 お風呂にも入って、美味しいご飯も食べて。異世界にきたという緊張などがどっと、めぐみの体に押し寄せたのだ。
 メデュノアがどういった存在だっていうことに関して全然聞いていなかったなと、めぐみはうさちゃん人形に視線を送る。
 なんだかんだで、メデュノアは召喚されためぐみのことを心配してくれたのだ。メデュノア自身だって、言えばめぐみに無理矢理人形に召喚されたようなものなのに……。

 ――優しいなぁ。

『……そういえば、お前は聖女だって言ったな』
「え? うん。一応ね、一応」

 うとうととして、意識が落ちそうなめぐみの耳にメデュノアの小さな声が入る。
 先ほどまでとは違い、メデュノアの声には若干の緊張が含まれていた。いったいどうしたのだろうかと首をかしげるが、めぐみにはその理由がわからない。
 とりあえず、場の雰囲気を良くしようかと笑いながら、ぽつりと言葉を返すことにした。

「……そう言われても、困っちゃうよね」
『聖女って、何をするんだ?』

 今度はメデュノアが首を傾げた。
 聖女として召喚されたということは説明をしたが、めぐみは目的までは伝えていなかった。

「なんでも、魔王を倒すらしいよ。……魔物とかもいるから、それも」
『……お前は戦うようには見えないがな』
「戦うのはセレイツさん。あ、セレイツさんは、この国の王子で勇者なんだよ。で、私は回復魔法で支援をするんだって」

 さすがに一般女子高生だっためぐみが戦うというのには、無理がある。そう伝えれば、メデュノアは微妙な顔をしながら『そうか』と呟く。
 若干伏せる様子を見て、めぐみはどうしたのだろうと気になってしまう。しかし、すぐにあることが頭をよぎる。

 ――もしかして、ノアは魔物だったりするのだろうか。

 確かに、それならば自分が倒されてしまうと思い不安になってしまっても不思議ではない。
 めぐみは急いでぎゅーっとメデュノアを抱きしめて、ふかふかのベッドへと潜り込んだ。

「大丈夫だよ、ノア。例えノアが魔物だとしても、私はノアを嫌いになんてならないからっ!」
『……あ、ああ』

 ぐりぐりとほっぺをすりつけて、めぐみは大切にしていたうさちゃん人形の感触を楽しむ。そしてそのふわふわもふもふが心地よくて、抱きかかえたままうとと……と、めぐみは眠りに落ちてしまう。

 そのため、メデュノアが呟いたことをめぐみは知らない。

『俺はその魔王なんだがな……。まぁ、黙っておくか』
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