人形魔王は聖女の保護者
不穏な現実
しゃっとカーテンが開かれ、めぐみは朝日の眩しさに顔をしかめた。
後5分だけでいいから寝かせて欲しい……。そんな気持ちがわき起こる。何よりも、疲れていてもっと寝ていたいのだ。
「めぐみ様、朝のお支度をいたしましょう」
「……はっ!」
しかし、リリナの声によってめぐみの意識は一気に覚醒する。
もう少し寝ていようと思っていためぐみだが、ここが自宅ではなく異世界の、しかもお城の中だということを思い出した。
あわてて起きあがると、リリナは見守るように微笑んだ。
「おはようございます、めぐみ様」
「おはようございます。ごめんなさい、起こしてもらって……」
「いいえ。私の仕事ですから。お部屋に紅茶を用意してまいりますね」
「はい」
リリナが朝食の準備を整えるために寝室を出る。
その間にめぐみは起きあがり、横でもそもそしているうさちゃん人形――メデュノアにも声をかける。
「おはよう、ノア」
『……ああ、はよ』
「もしかして、眠い?」
『朝は駄目だ。俺、もう少し寝る』
一度、呼びかけに応じはしたが、メデュノアは再びベッドの中へ潜り込んでしまった。
今は侍女のリリナが居るため、寝ていてくれるならばそれが安全かもしれないとめぐみは納得することにした。
「もう一回おやすみ、ノア」
そして準備が整ったと、リリナが寝室へとやってきたのはすぐのことだった。
今日の予定は、午前中に魔法の説明。午後は、国王との面会だ。
てきぱきと支度をしていくリリナに従いながら、めぐみは準備を終える。
◇ ◇ ◇
リリナに案内され、やってきたのは本がたくさんある一室だった。
そこでめぐみを出迎えたのは、この国一の腕前を持つという魔法師のジーク。午前中はここで、魔法の勉強をすることになっている。
「魔法について教えさせていただきます、ジークと申します」
「……よろしくお願いします」
優雅に礼をするジークに続き、慌ててめぐみも頭を下げる。
青い髪がさらりと流れて、綺麗に整った顔がめぐみを見る。まるでプレッシャーをかけられているように思えるが、実際はそうなのだろう。
突如セレイツに連れてこられた聖女が本物か、見極めようとしているのだろう。
やはりメデュノアに一緒に来てもらえば良かったと、めぐみは若干不安になった。
まだ魔法に関する知識がほとんどないめぐみが、大々的にうごくうさちゃん人形を連れているのは説明が面倒だ。それならば、魔法の勉強をしてからが良いという話になった。
人形などを操る魔法使いもいるので、メデュノアの存在自体は問題ないだろう。
「さて」
ジークがめぐみに座るように言い、授業が始まった。
「まず、魔法。これは、人が体内に持っている魔力を使うことによって使うことができます」
「はい」
魔法。
自身の持つ魔力を使い、発動することが出来る。
魔力。
すべての人間が持っているものではない。一部の人間が持っており、あるだけで国から優遇処置を受けることが出来る。
魔法の内容。
決まった呪文は無く、自身の想像で使うことが出来る。
しかし、魔法を新しく生み出すのはとても難しいため、昔から使われている呪文を使っている。例えば、セレイツに教えられたヒールなどがそれにあたる。
そして、人により適性がある。攻撃魔法や回復魔法、属性などだ。回復魔法の適性を持つ者は、現在確認がされていない。
消費魔力。
どれくらい、という明確な定めは不明。魔法の規模にもよって変化するらしい。
魔力が体内から無くなると、倦怠感を感じるという。しかし、時間が経つと魔力も回復していく。睡眠なども回復の手助けになるか。
「聖女であるめぐみ様が使える魔法は、回復魔法です。ヒール、エリアヒール、リザレクションを使うことが出来る筈です」
「え?」
「どうかしましたか?」
「あ、いえっ……。何でもないです」
思わずめぐみが声を上げれば、ジークは顔をしかめた。
ジークがめぐみに伝えた魔法は、メデュノアが言っていた魔法よりも種類が少なかった。ハイ・ヒール、ハイ・エリアヒール、キュアが抜けている。
しかし――あまり資料が残っていないと言っていたため、ジーク自身も知らないだけなのかもしれない。めぐみはそう自身へと言い聞かせる。
「ヒールは、通常の怪我などに使ってください。エリアヒールは、ヒールの広範囲版です。だいたい、めぐみ様の半径5〜10メートルほどに効果があると思います」
「はい」
地味に範囲が具体的だ。メデュノアは、術者により異なると言っていたが……実際はどうなのか。
使う機会があった時に、こっそりどれくらいの範囲になっているか確認した方がいいとめぐみは考える。
「そして最後に、リザレクションです。これは、大怪我をも治すことが出来る魔法だと言われています。セレイツ殿下と旅に出た際、もし殿下が重傷を負うようなことがあったら迷わずリザレクションを使ってください」
「……え、と」
「どうしましたか?」
「……いえ。そんなすごい魔法を、本当に私が使えるのかなって思って」
「ああ。大丈夫ですよ、めぐみ様。貴女は聖女なのですから、問題なく使えるでしょう」
ジーク言葉に、めぐみは「そうですか」と力なく答える。
……メデュノアの話では、魔力が足りない場合術者が死ぬような危険な魔法というのがリザレクションだ。しかし、ジークは一言も危険だとは言わない。
メデュノアか、ジークか。どちらが正しいのか、今のめぐみにはわからない。しかし、めぐみにはどうしてもメデュノアが嘘をつくとは思えなかった。
そして、メデュノアが呟いた保険という言葉。……もしかすると、めぐみの魔力量が足りない状況でリザレクションを使用して死ぬ可能性があることを――教えられないかもしれないという可能性だったら?
いや、現にそれは教えられていない。メデュノアが大正解と言ってもいい。
……いや。もしかしたら、ジークは他にリザレクションのような魔法がなくて、この事実を知らないだけなのかもしれない。
「では、実際にやってみましょうか」
「あ、っと……。一昨日、ヒールを使って無事に成功したので大丈夫だと思います」
「それは大変素晴らしいですね。それならば、今は怪我人もいませんからこれまでにしましょう。何か、質問などはありますか?」
めぐみがヒールを使えたと言えば、ジークは頷きながらそれを褒めた。
特に実践すべきものがないため、講習は本当にあっさりと終わってしまう。
けれど、質問をしていいのであれば魔力に関して聞いておいた方がいいかもしれない。そっと「1つだけ」とめぐみが口を開けば、ジークに首を傾げられる。
「魔力を使いすぎたり、使いたい魔法に魔力がたりなかったりしたらどうなるんですか?」
「ああ、そうでしたね。私は魔力がたりなくなることがあまりなかったので、失念していました」
――なんだ、言い忘れただけですか。もう、焦ったじゃないですか!
ジークの言葉に、めぐみはかなりほっとした。
でも、死ぬ危険性があることを言い忘れるのはちょっと感心しないので気をつけていただきたいところ。
「魔力がなくなると、倦怠感を感じます。そこから無理矢理魔法を使おうとすると、さらに気分が悪くなります。ですので、使いたくても使えないという言い方が正しいかもしれませんね」
「気分が……。でも、もしどうしても使わなければならない場合は? 無理に使うと、どうなるのでしょうか」
「そうですね――。問題なく発動はしますが、魔法を使った反動で気絶をしますね」
ジークが「オススメはしません」と言葉を続ける。
「ですが、回復魔法を使うめぐみ様には辛いシーンもあるかもしれません」
「え?」
「無理にでも魔法を唱えれば、助かるかもしれない場合……聖女である貴女が誰かを見捨てるとは思えない。――そう、思っただけです」
「…………」
例え死んだとしても、セレイツ王子を助けろ――。
そう、言われたような錯覚に陥った。
後5分だけでいいから寝かせて欲しい……。そんな気持ちがわき起こる。何よりも、疲れていてもっと寝ていたいのだ。
「めぐみ様、朝のお支度をいたしましょう」
「……はっ!」
しかし、リリナの声によってめぐみの意識は一気に覚醒する。
もう少し寝ていようと思っていためぐみだが、ここが自宅ではなく異世界の、しかもお城の中だということを思い出した。
あわてて起きあがると、リリナは見守るように微笑んだ。
「おはようございます、めぐみ様」
「おはようございます。ごめんなさい、起こしてもらって……」
「いいえ。私の仕事ですから。お部屋に紅茶を用意してまいりますね」
「はい」
リリナが朝食の準備を整えるために寝室を出る。
その間にめぐみは起きあがり、横でもそもそしているうさちゃん人形――メデュノアにも声をかける。
「おはよう、ノア」
『……ああ、はよ』
「もしかして、眠い?」
『朝は駄目だ。俺、もう少し寝る』
一度、呼びかけに応じはしたが、メデュノアは再びベッドの中へ潜り込んでしまった。
今は侍女のリリナが居るため、寝ていてくれるならばそれが安全かもしれないとめぐみは納得することにした。
「もう一回おやすみ、ノア」
そして準備が整ったと、リリナが寝室へとやってきたのはすぐのことだった。
今日の予定は、午前中に魔法の説明。午後は、国王との面会だ。
てきぱきと支度をしていくリリナに従いながら、めぐみは準備を終える。
◇ ◇ ◇
リリナに案内され、やってきたのは本がたくさんある一室だった。
そこでめぐみを出迎えたのは、この国一の腕前を持つという魔法師のジーク。午前中はここで、魔法の勉強をすることになっている。
「魔法について教えさせていただきます、ジークと申します」
「……よろしくお願いします」
優雅に礼をするジークに続き、慌ててめぐみも頭を下げる。
青い髪がさらりと流れて、綺麗に整った顔がめぐみを見る。まるでプレッシャーをかけられているように思えるが、実際はそうなのだろう。
突如セレイツに連れてこられた聖女が本物か、見極めようとしているのだろう。
やはりメデュノアに一緒に来てもらえば良かったと、めぐみは若干不安になった。
まだ魔法に関する知識がほとんどないめぐみが、大々的にうごくうさちゃん人形を連れているのは説明が面倒だ。それならば、魔法の勉強をしてからが良いという話になった。
人形などを操る魔法使いもいるので、メデュノアの存在自体は問題ないだろう。
「さて」
ジークがめぐみに座るように言い、授業が始まった。
「まず、魔法。これは、人が体内に持っている魔力を使うことによって使うことができます」
「はい」
魔法。
自身の持つ魔力を使い、発動することが出来る。
魔力。
すべての人間が持っているものではない。一部の人間が持っており、あるだけで国から優遇処置を受けることが出来る。
魔法の内容。
決まった呪文は無く、自身の想像で使うことが出来る。
しかし、魔法を新しく生み出すのはとても難しいため、昔から使われている呪文を使っている。例えば、セレイツに教えられたヒールなどがそれにあたる。
そして、人により適性がある。攻撃魔法や回復魔法、属性などだ。回復魔法の適性を持つ者は、現在確認がされていない。
消費魔力。
どれくらい、という明確な定めは不明。魔法の規模にもよって変化するらしい。
魔力が体内から無くなると、倦怠感を感じるという。しかし、時間が経つと魔力も回復していく。睡眠なども回復の手助けになるか。
「聖女であるめぐみ様が使える魔法は、回復魔法です。ヒール、エリアヒール、リザレクションを使うことが出来る筈です」
「え?」
「どうかしましたか?」
「あ、いえっ……。何でもないです」
思わずめぐみが声を上げれば、ジークは顔をしかめた。
ジークがめぐみに伝えた魔法は、メデュノアが言っていた魔法よりも種類が少なかった。ハイ・ヒール、ハイ・エリアヒール、キュアが抜けている。
しかし――あまり資料が残っていないと言っていたため、ジーク自身も知らないだけなのかもしれない。めぐみはそう自身へと言い聞かせる。
「ヒールは、通常の怪我などに使ってください。エリアヒールは、ヒールの広範囲版です。だいたい、めぐみ様の半径5〜10メートルほどに効果があると思います」
「はい」
地味に範囲が具体的だ。メデュノアは、術者により異なると言っていたが……実際はどうなのか。
使う機会があった時に、こっそりどれくらいの範囲になっているか確認した方がいいとめぐみは考える。
「そして最後に、リザレクションです。これは、大怪我をも治すことが出来る魔法だと言われています。セレイツ殿下と旅に出た際、もし殿下が重傷を負うようなことがあったら迷わずリザレクションを使ってください」
「……え、と」
「どうしましたか?」
「……いえ。そんなすごい魔法を、本当に私が使えるのかなって思って」
「ああ。大丈夫ですよ、めぐみ様。貴女は聖女なのですから、問題なく使えるでしょう」
ジーク言葉に、めぐみは「そうですか」と力なく答える。
……メデュノアの話では、魔力が足りない場合術者が死ぬような危険な魔法というのがリザレクションだ。しかし、ジークは一言も危険だとは言わない。
メデュノアか、ジークか。どちらが正しいのか、今のめぐみにはわからない。しかし、めぐみにはどうしてもメデュノアが嘘をつくとは思えなかった。
そして、メデュノアが呟いた保険という言葉。……もしかすると、めぐみの魔力量が足りない状況でリザレクションを使用して死ぬ可能性があることを――教えられないかもしれないという可能性だったら?
いや、現にそれは教えられていない。メデュノアが大正解と言ってもいい。
……いや。もしかしたら、ジークは他にリザレクションのような魔法がなくて、この事実を知らないだけなのかもしれない。
「では、実際にやってみましょうか」
「あ、っと……。一昨日、ヒールを使って無事に成功したので大丈夫だと思います」
「それは大変素晴らしいですね。それならば、今は怪我人もいませんからこれまでにしましょう。何か、質問などはありますか?」
めぐみがヒールを使えたと言えば、ジークは頷きながらそれを褒めた。
特に実践すべきものがないため、講習は本当にあっさりと終わってしまう。
けれど、質問をしていいのであれば魔力に関して聞いておいた方がいいかもしれない。そっと「1つだけ」とめぐみが口を開けば、ジークに首を傾げられる。
「魔力を使いすぎたり、使いたい魔法に魔力がたりなかったりしたらどうなるんですか?」
「ああ、そうでしたね。私は魔力がたりなくなることがあまりなかったので、失念していました」
――なんだ、言い忘れただけですか。もう、焦ったじゃないですか!
ジークの言葉に、めぐみはかなりほっとした。
でも、死ぬ危険性があることを言い忘れるのはちょっと感心しないので気をつけていただきたいところ。
「魔力がなくなると、倦怠感を感じます。そこから無理矢理魔法を使おうとすると、さらに気分が悪くなります。ですので、使いたくても使えないという言い方が正しいかもしれませんね」
「気分が……。でも、もしどうしても使わなければならない場合は? 無理に使うと、どうなるのでしょうか」
「そうですね――。問題なく発動はしますが、魔法を使った反動で気絶をしますね」
ジークが「オススメはしません」と言葉を続ける。
「ですが、回復魔法を使うめぐみ様には辛いシーンもあるかもしれません」
「え?」
「無理にでも魔法を唱えれば、助かるかもしれない場合……聖女である貴女が誰かを見捨てるとは思えない。――そう、思っただけです」
「…………」
例え死んだとしても、セレイツ王子を助けろ――。
そう、言われたような錯覚に陥った。