人形魔王は聖女の保護者
人形使いのグミ
冒険者ギルドに併設されている宿は、とても心地よく眠ることが出来た。
太陽が昇り始めた頃、めぐみはメデュノアに起こされ、『早く依頼を受けにいくぞ』とせかされる。
「うぅん……。まだ眠いけど、急がないと私がお城を抜け出したのがばれちゃうもんね」
それだけは、絶対に避けなければいけないのだ。
お互いに「おはよう」と挨拶をして、急いで顔を洗い準備を済ませる。そのまま階下のギルドまで行き、メデュノアが提案した依頼を受けたいと伝えた。
「うぅん、そうねぇ……」
「や、やっぱり経験不足だからでしょうか」
受付の女性は、少し困ったように笑う。
やはり護衛という依頼の性質上、経験がまったくないめぐみでは厳しいと考えているのだろう。そもそも、初心者がいきなり護衛を受けたりはしないものだ。
メデュノアが戦うとはいえ、主はか弱い女の子であるめぐみ。誰がどう見ても、間違いなく不安におもわれてしまっても仕方がない。
「わぁ、可愛いうさちゃんだっ!」
「!」
めぐみが諦めようとしたとき、不意にギルドとは無縁そうな可愛らしい少女の声が聞こえた。振り返れば、一〇歳くらいの可愛らしい女の子がメデュノアを興味津々に見ていた。
メデュノアは自分の意志を持って動くことが出来るので、人形が動いているという現象が楽しくて仕方がないのだろう。
よほど気に入ったのか、少女は抱きしめようとメデュノアに手を伸ばす――が、それはメデュノア本人によってよけられてしまう。
すぐさまめぐみに駆け寄り、メデュノアはめぐみの腕の中へと収まった。
『ったく、俺は人形じゃないっての!』
「今はどこからどう見ても人形だよ……」
メデュノアはぷんすかと怒りをあらわにするが、残念なことにその姿はどこから見ても可愛らしいお人形さんです。
「あ……。そのお嬢さん、この依頼人の娘さんですよ」
「!」
メデュノアに逃げられてしまったことでしょんぼりしていた少女は、ギルドの受付嬢から依頼人の娘だと告げられた。
つまり、めぐみが遊び相手になろうとしていた女の子だ。
「え? パパの依頼を受けようとしていたの?」
「うん。でも、私は初心者だからまだ護衛は厳しいんじゃないかって言われて」
きょんとした顔で、少女はめぐみに尋ねた。しかし受けられそうにないと伝えれば、「私がパパに言ってくるから大丈夫よ!」と、めぐみの護衛入りを決めてしまった。
商人一行という話だったが、娘さんはとても頼もしいなと、めぐみは思った。
◇ ◇ ◇
カタンコトンと、馬車が道をゆっくり走っていく。
無事に護衛として雇ってもらうことが出来ためぐみとメデュノアは、先ほどの少女――クラリスと一緒の馬車に乗って雑談をしている。
もちろん、先頭が出来るという大前提はあるのだが、めぐみはクラリス専属護衛という形で雇われた。
なのですることは、何かあった際にクラリスを連れて一目散に逃げることだ。
――私にしたら嬉しいけれど、なんだか申し訳ないな。
めぐみ以外に護衛として雇われたのは、五人。剣士が二人、魔法使いが三人。もちろん、希少とされている回復魔法を使える者はいない。
めぐみが回復魔法を使えるということも極秘だ。
『ああもうっ! お前、いくらなんでも撫で過ぎだろう!!』
「むむ、いいじゃない。減るものでもないのだから……」
メデュノアを撫でることが好きらしいクラリスは、怒られてもその手を止めなかった。
雑談をしつつメデュノアを撫でているのだが、その姿はどこから見ても微笑ましいだけだった。可愛らしい薄水色の髪に、ピンクの瞳。
儚げな少女が抱きかかえる可愛いうさちゃん人形。まるで絵画を見ているようだと、めぐみは思う。――もちろん、メデュノアが口を開けば台無しになてしまうのだが。
「いいじゃない! 私と遊ぶのだって、護衛の仕事なんだから!」
『ぐっ……!』
まったくの正論を言うクラリスに、メデュノアは言葉を詰まらせる。
クラリスの機嫌を損ねて、護衛を解雇でもされてしまえばめぐみの経歴に傷がつく。加えて、仕事の給金ももらえるか怪しくなってしまう。
大人しく撫でられるメデュノアを見て、申し訳ないとおもいつつもめぐみは笑ってしまう。
「可愛いのだから、仕方がないわよ。でも、グミはとても腕のいい召喚しなのね」
「え?」
「だって、こんなに上手に言葉を喋って動くうさちゃん……ほかでは見たことないもの」
めぐみの魔法は、聖女というだけあって――チート級であるのだ。
残念なことに、本人にはその自覚があまりないのだが。笑いながら「得意なんだ」とごまかすめぐみは、ちらりと視線をメデュノアへ向ける。
召喚師はそんなに珍しくないと、そう言っていたのはメデュノアだ。それなのに、こんなにも驚かれるとはどういうことか。
メデュノアの性能が良すぎるせいではあるのだが、しかし今のメデュノアがいなければめぐみはどうなっていたかわからない。
怒るに怒れない、そんなもどかしい状況だ。
そんなことをめぐみが考えていれば、外から悲鳴が響く。
「魔物かしら……?」
「えっ!?」
馬車についた小窓からクラリスがそっと外を覗く。めぐみも一緒に見てみれば――外には、狼のような魔物が五匹。
思わず息を飲んで、めぐみはびくっと体を震わす。
魔物と戦うなんてゲームみたいだ。そう思っていた自分はなんとおめでたい思考だったのだろうか。そう、過去の自分を殴ってやりたくなった。
『うっし! ここは出番だな。めぐみ、俺に命令しろ!』
「え、えっ!?」
命令とはいったいなんぞ。そう、めぐみの脳裏によぎるのだが――すぐに答えは出た。
あの狼の魔物と戦うよう指示をしろと、言いたいのだろう。
確かに、めぐみとメデュノアはそういう話し合いをした。召喚師は、使役するものに命令をくだすのだと。それにはなるほどと、めぐみもすぐに頷いたのだが……。
――あんな凶暴そうな魔物だなんて、聞いてない!
スライムのような可愛らしい魔物が出てくるとばかり思っていた。これは、めぐみの考えが浅はかだったからなのだが……どうしても、命令を出せないでいる。
「グミ?」
クラリスは、なぜ召喚師であるめぐみが命令をしないのだろうかと首を傾げる。
彼女は商人の娘だ。この世界初心者のめぐみよりずっとずっと、この世界に、魔物に慣れている。今回の狼も、冒険者が倒すと信じて疑っていない。
『あー、あれだ。めぐ、グミは駆け出しの冒険者なんだ。初心者ってやつだな』
「あぁ、確かにそう言っていたわね。それなら、見学するのもいいと思うけれど」
『今回は特別に俺が自分で動いてやるよっ』
初心者のめぐみに、いきなり実践はまずかった。そうメデュノアは申し訳なく思い、自らの意思で馬車から飛び降りた。
「ノア!?」
それに一番慌てたのはめぐみだ。メデュノアが狼に食べられてしまう! と、心の底から思った。
どうしようとあわわわしていれば、年下のクラリスから「落ち着いたら?」と言われてしまうほどに。
「うさちゃん、強いじゃない」
「え――?」
クラリスが指を指した先、メデュノアが一匹の狼を仕留めているところが見えた。
三匹の狼を、護衛として雇われた冒険者たちが相手にしているなか、メデュノアはさっそうと一匹を仕留め、遠いところにいたもう一匹の狼には炎の魔法を喰らわせていた。
あいた口が塞がらないとは、まさにこのことか。
「ノア、すごい……」
「もしかして、戦闘自体も初めてだったの? うさちゃん、とても強いじゃない!」
クラリスがパンとてを叩き、「可愛くてさらに強いなんて、素敵!」と微笑んだ。つられてめぐみも笑顔になって、何度も「無事で良かった」と声をあげた。
しばらくして、ほかの護衛が戦っていた狼も倒すことが出来た。体勢を整えるため、ここで一度休憩を取ることにした。
めぐみが馬車を降りると、他の護衛冒険者たちがわっと集まり回りを囲まれた。
「お前、ちっさいのにすごい召喚師なんだな!」
「こんな可愛い人形が、俺より強いなんて反則だろう」
「まさに人形使いだな!」
「おう、いいなそれ。可愛いお嬢ちゃんが人形使いなら、冒険者の株もあがるってもんだ」
「うちのパーティに欲しいくらいだよ」
すぐにめぐみとメデュノアを褒められて、恥ずかしくなる。
戦ったのはメデュノアであるが、それを召喚することの出来るめぐみがすごいというのが一般的な解釈だ。「ありがとうございます」とお礼を言って、めぐみはメデュノアを抱き上げた。
『おう。見ただろう、俺は強いんだぜ』
「うん、うん……。見てた。めっちゃ強かった」
圧倒的な強さを見せつけられたが、それでもめぐみはメデュノアが無事だったことがとても嬉しい。強いとわかっても、心配なものは心配なのだ。
ぎゅっと抱きしめられたメデュノアは、ぽんとめぐみの頭を撫でる。
『なんたって、俺はお前の保護者だからな』
誇らし気にしているメデュノアは、とても格好よかった。
太陽が昇り始めた頃、めぐみはメデュノアに起こされ、『早く依頼を受けにいくぞ』とせかされる。
「うぅん……。まだ眠いけど、急がないと私がお城を抜け出したのがばれちゃうもんね」
それだけは、絶対に避けなければいけないのだ。
お互いに「おはよう」と挨拶をして、急いで顔を洗い準備を済ませる。そのまま階下のギルドまで行き、メデュノアが提案した依頼を受けたいと伝えた。
「うぅん、そうねぇ……」
「や、やっぱり経験不足だからでしょうか」
受付の女性は、少し困ったように笑う。
やはり護衛という依頼の性質上、経験がまったくないめぐみでは厳しいと考えているのだろう。そもそも、初心者がいきなり護衛を受けたりはしないものだ。
メデュノアが戦うとはいえ、主はか弱い女の子であるめぐみ。誰がどう見ても、間違いなく不安におもわれてしまっても仕方がない。
「わぁ、可愛いうさちゃんだっ!」
「!」
めぐみが諦めようとしたとき、不意にギルドとは無縁そうな可愛らしい少女の声が聞こえた。振り返れば、一〇歳くらいの可愛らしい女の子がメデュノアを興味津々に見ていた。
メデュノアは自分の意志を持って動くことが出来るので、人形が動いているという現象が楽しくて仕方がないのだろう。
よほど気に入ったのか、少女は抱きしめようとメデュノアに手を伸ばす――が、それはメデュノア本人によってよけられてしまう。
すぐさまめぐみに駆け寄り、メデュノアはめぐみの腕の中へと収まった。
『ったく、俺は人形じゃないっての!』
「今はどこからどう見ても人形だよ……」
メデュノアはぷんすかと怒りをあらわにするが、残念なことにその姿はどこから見ても可愛らしいお人形さんです。
「あ……。そのお嬢さん、この依頼人の娘さんですよ」
「!」
メデュノアに逃げられてしまったことでしょんぼりしていた少女は、ギルドの受付嬢から依頼人の娘だと告げられた。
つまり、めぐみが遊び相手になろうとしていた女の子だ。
「え? パパの依頼を受けようとしていたの?」
「うん。でも、私は初心者だからまだ護衛は厳しいんじゃないかって言われて」
きょんとした顔で、少女はめぐみに尋ねた。しかし受けられそうにないと伝えれば、「私がパパに言ってくるから大丈夫よ!」と、めぐみの護衛入りを決めてしまった。
商人一行という話だったが、娘さんはとても頼もしいなと、めぐみは思った。
◇ ◇ ◇
カタンコトンと、馬車が道をゆっくり走っていく。
無事に護衛として雇ってもらうことが出来ためぐみとメデュノアは、先ほどの少女――クラリスと一緒の馬車に乗って雑談をしている。
もちろん、先頭が出来るという大前提はあるのだが、めぐみはクラリス専属護衛という形で雇われた。
なのですることは、何かあった際にクラリスを連れて一目散に逃げることだ。
――私にしたら嬉しいけれど、なんだか申し訳ないな。
めぐみ以外に護衛として雇われたのは、五人。剣士が二人、魔法使いが三人。もちろん、希少とされている回復魔法を使える者はいない。
めぐみが回復魔法を使えるということも極秘だ。
『ああもうっ! お前、いくらなんでも撫で過ぎだろう!!』
「むむ、いいじゃない。減るものでもないのだから……」
メデュノアを撫でることが好きらしいクラリスは、怒られてもその手を止めなかった。
雑談をしつつメデュノアを撫でているのだが、その姿はどこから見ても微笑ましいだけだった。可愛らしい薄水色の髪に、ピンクの瞳。
儚げな少女が抱きかかえる可愛いうさちゃん人形。まるで絵画を見ているようだと、めぐみは思う。――もちろん、メデュノアが口を開けば台無しになてしまうのだが。
「いいじゃない! 私と遊ぶのだって、護衛の仕事なんだから!」
『ぐっ……!』
まったくの正論を言うクラリスに、メデュノアは言葉を詰まらせる。
クラリスの機嫌を損ねて、護衛を解雇でもされてしまえばめぐみの経歴に傷がつく。加えて、仕事の給金ももらえるか怪しくなってしまう。
大人しく撫でられるメデュノアを見て、申し訳ないとおもいつつもめぐみは笑ってしまう。
「可愛いのだから、仕方がないわよ。でも、グミはとても腕のいい召喚しなのね」
「え?」
「だって、こんなに上手に言葉を喋って動くうさちゃん……ほかでは見たことないもの」
めぐみの魔法は、聖女というだけあって――チート級であるのだ。
残念なことに、本人にはその自覚があまりないのだが。笑いながら「得意なんだ」とごまかすめぐみは、ちらりと視線をメデュノアへ向ける。
召喚師はそんなに珍しくないと、そう言っていたのはメデュノアだ。それなのに、こんなにも驚かれるとはどういうことか。
メデュノアの性能が良すぎるせいではあるのだが、しかし今のメデュノアがいなければめぐみはどうなっていたかわからない。
怒るに怒れない、そんなもどかしい状況だ。
そんなことをめぐみが考えていれば、外から悲鳴が響く。
「魔物かしら……?」
「えっ!?」
馬車についた小窓からクラリスがそっと外を覗く。めぐみも一緒に見てみれば――外には、狼のような魔物が五匹。
思わず息を飲んで、めぐみはびくっと体を震わす。
魔物と戦うなんてゲームみたいだ。そう思っていた自分はなんとおめでたい思考だったのだろうか。そう、過去の自分を殴ってやりたくなった。
『うっし! ここは出番だな。めぐみ、俺に命令しろ!』
「え、えっ!?」
命令とはいったいなんぞ。そう、めぐみの脳裏によぎるのだが――すぐに答えは出た。
あの狼の魔物と戦うよう指示をしろと、言いたいのだろう。
確かに、めぐみとメデュノアはそういう話し合いをした。召喚師は、使役するものに命令をくだすのだと。それにはなるほどと、めぐみもすぐに頷いたのだが……。
――あんな凶暴そうな魔物だなんて、聞いてない!
スライムのような可愛らしい魔物が出てくるとばかり思っていた。これは、めぐみの考えが浅はかだったからなのだが……どうしても、命令を出せないでいる。
「グミ?」
クラリスは、なぜ召喚師であるめぐみが命令をしないのだろうかと首を傾げる。
彼女は商人の娘だ。この世界初心者のめぐみよりずっとずっと、この世界に、魔物に慣れている。今回の狼も、冒険者が倒すと信じて疑っていない。
『あー、あれだ。めぐ、グミは駆け出しの冒険者なんだ。初心者ってやつだな』
「あぁ、確かにそう言っていたわね。それなら、見学するのもいいと思うけれど」
『今回は特別に俺が自分で動いてやるよっ』
初心者のめぐみに、いきなり実践はまずかった。そうメデュノアは申し訳なく思い、自らの意思で馬車から飛び降りた。
「ノア!?」
それに一番慌てたのはめぐみだ。メデュノアが狼に食べられてしまう! と、心の底から思った。
どうしようとあわわわしていれば、年下のクラリスから「落ち着いたら?」と言われてしまうほどに。
「うさちゃん、強いじゃない」
「え――?」
クラリスが指を指した先、メデュノアが一匹の狼を仕留めているところが見えた。
三匹の狼を、護衛として雇われた冒険者たちが相手にしているなか、メデュノアはさっそうと一匹を仕留め、遠いところにいたもう一匹の狼には炎の魔法を喰らわせていた。
あいた口が塞がらないとは、まさにこのことか。
「ノア、すごい……」
「もしかして、戦闘自体も初めてだったの? うさちゃん、とても強いじゃない!」
クラリスがパンとてを叩き、「可愛くてさらに強いなんて、素敵!」と微笑んだ。つられてめぐみも笑顔になって、何度も「無事で良かった」と声をあげた。
しばらくして、ほかの護衛が戦っていた狼も倒すことが出来た。体勢を整えるため、ここで一度休憩を取ることにした。
めぐみが馬車を降りると、他の護衛冒険者たちがわっと集まり回りを囲まれた。
「お前、ちっさいのにすごい召喚師なんだな!」
「こんな可愛い人形が、俺より強いなんて反則だろう」
「まさに人形使いだな!」
「おう、いいなそれ。可愛いお嬢ちゃんが人形使いなら、冒険者の株もあがるってもんだ」
「うちのパーティに欲しいくらいだよ」
すぐにめぐみとメデュノアを褒められて、恥ずかしくなる。
戦ったのはメデュノアであるが、それを召喚することの出来るめぐみがすごいというのが一般的な解釈だ。「ありがとうございます」とお礼を言って、めぐみはメデュノアを抱き上げた。
『おう。見ただろう、俺は強いんだぜ』
「うん、うん……。見てた。めっちゃ強かった」
圧倒的な強さを見せつけられたが、それでもめぐみはメデュノアが無事だったことがとても嬉しい。強いとわかっても、心配なものは心配なのだ。
ぎゅっと抱きしめられたメデュノアは、ぽんとめぐみの頭を撫でる。
『なんたって、俺はお前の保護者だからな』
誇らし気にしているメデュノアは、とても格好よかった。