あの日のこと
「寒…」
だんだん風も強くなって声が漏れる。
「上着、いる?」
男は立ち上がって
微笑みながら上着を差し出していた。
「先輩が寒くなっちゃうんで大丈夫です」
失礼にならないように笑顔で返す。
男は少し驚いた顔をするとまた優しく微笑んで
「じゃあここいい?」
と私の横を指さす。
断る理由もなく小さく頷く。
男はまた優しく笑うと
肩がくっつくほど近くに座った。
肩から伝わる温もり。
煙草と香水の匂い。
その全てに一斉に胸が高鳴った。
別に近くに座ったからと言って
何か話すわけでもない。
急な距離感に赤面しているのが自分でもわかった。
今、顔見られたくない。
そう思って顔を余計足にうずめる。
もう試合なんか見えない。
そんな私に男は少し笑ったような気がした。