あの日のこと
試合を眺め続けて何度目かの笛がなる。
男は赤のビブスを着て試合に参加していた。
センターバックをしていたその男は
試合中にも関わらず
サイドの人にちょっかいを出したり
キーパーと話し込んだりしている。
ボールが来るといたずらに敵をかわし
前にボールを送る。
「上手いんだな〜」
目が勝手に彼を追ってしまっていた。
「なぁこ〜ちゃん!!!!」
後ろから肩を思いっきり掴まれる。
「薫さん」
「ぴーーーんぽーーーん!!」
試合を終えて戻ってきた薫さんは
私は寒くて凍えているくらいなのに
額にキラキラ汗を光らせていた。
「菜子ちゃん、聞きたいんだが」
「はい」
「これは仁藤先輩の上着ですか?」
「……じんどう?」
上着は先輩から貸してもらったけれど
名前までは知らない。
「紫の練習着の人!ほら!赤のビブス!!」
薫さんが指をさすまでもない。
目で追っていた男だった。
「…仁藤先輩」
改めて名前を呼ぶと体の中から
今まで落ち着いていた熱がぶり返してきた。
「菜子ちゃん!?なにかあったの!?ねぇ!!」
急に顔まで赤くなった私を見た薫さんは
嬉しそうに私の肩を揺らす。
小さく頷くと薫さんは私をぎゅっと抱きしめた。