もう一度あなたに恋をする
「朱音ごめんな。俺のせいで。でも俺、お前の事離してやれないわ。」

朱音の傍に行き頬を撫でた。



食事に出たご両親が一時間経っても帰って来ない。またさっきの話を聞いて母親の方が取り乱しているのかもしれない。でも出て行くときは凄く落ち着いていたし、あの出て行き方は俺への気遣い。俺が朱音から離れる事ができず、でも二人に気を使い談話コーナーにいるのを知っていたのだろう。

手を握り、頬を撫で『朱音?いつまで寝てるんだ?』とずっと語りかけていた。

「朱音!」

僅かだが朱音の手が動いた。病室の外にまで俺の声が聞こえたのだろう、ちょうど病室に戻ってきたご両親が急いで部屋に入ってきた。

「久瀬くん!」

「朱音に何かあったの?」

また容体が急変したと思ったのだろう。

「今、手が、朱音の手が、」

その時、朱音の目がゆっくりと開いた。

「「「朱音!」」」

直ぐにナースコールを押した。医師も駆けつけ診察が始まった。

「九条さん、わかりますか?」

医師と看護師がバイタルを確認する。そして質問をしているのだが朱音の様子がなんだかおかしい。

「朱音?」

俺が名前を呼ぶとこちらに顔を向けた。でも直ぐに俺の横にいる両親へ視線を移した。

「誰?」

朱音は俺の事が分からなくなっていた。

診察の結果、朱音はここ一年程の記憶が抜けてしまっていた。
そう、四月に東京に転勤したことも。幸いなのか社内での嫌がらせのことも。
そして俺と気持ちが通じ合ったことも・・・。


暫く病室で朱音の様子を見ていたが、今の朱音にとって俺は全く知らない人。俺がいつまでも部屋にいては気が休まらないだろうと思い部屋を出た。

信じられない事実に自分自身頭がついていっていなかった。一人になり気持ちを落ち着かせたかった。
エレベーターを待っているとお父さんが追いかけてきてくれた。

「久瀬君・・・」

俺に何と声をかけていいのか分からないのだろう。もし自分が逆の立場なら。

「今日は帰ります。俺がいては朱音も休まらないだろうから。何かあったら・・、何かあってもらっては困るんですが・・・、連絡もらえますか?夜中でも。これ俺の連絡先です。」

名刺に私用の電話番号を書いて渡した。

「明日、また来ます。」

頭を下げ、ちょうどきたエレベーターに乗った。
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