もう一度あなたに恋をする
「九条さん、この資料後ろの棚にあるから出しといて。」

「はーい。」

メモを手に隅にある棚で資料を探す。頼まれたのは四つ、三つは直ぐに見つかったけど一つがなかなか見つからない。
下の段ほど新しい資料、上になればなるほど前の資料なはずなんだけど・・・。

やっと見つけた資料は棚の一番上にあった。背の高い人なら届くかもしれないが私にはムリ。近くにあった椅子を拝借し靴を脱いで上る。大阪でもいつもこうして取っていたから慣れたものだ。

「朱音、危ない!」

えっ?と振り返った時には箱を抱え前が見えていなかった東山さんとぶつかりキャスターが動いてしまった椅子から私はバランスを崩し落ちてしまった。

「九条さん「朱音!」!」

幸いお尻から落ちたのでケガは無さそうだ。

「いたたた、大丈夫です。」

「ごめん、前見えてなかった。」

「いえ、私もあんなところで椅子にのぼってたので。」

ずっと座ったまま動けずにいると余計に心配をかけてしまうと思い立ち上がろうとしたが、太ももから腰にかけて思いのほか強く打っていたのか力が入らない。

「東山、応接室開けて。」

そう東山さんに伝えた久瀬さんが私の前で屈んだと思ったらフワッと私の体が浮いた。

「えっ、あっ、降ろして下さい。大丈夫ですから。」

「暴れるな落とすぞ。今一人で歩けないだろ。」

落とされるには嫌だ、えも職場でお姫様抱っこされて運ばれるこの状況は・・・。
部内全部の注目を浴びている。
他チームの女子達からは『キャー』と黄色い声まで聞こえてくるし、恥ずかしい。とにかく早くこの場から離れるには静かに抱っこされ運ばれるしかないようだ。
静かにしていよう・・・。

「よし。」

何が『よし。』なのかはわからないが、私が静かになったのを確認し応接室のソファーまで運んでくれた。

「お手数をおかけしてすみません。」

「九条、届かないなら誰かに頼め。」

「はい、すみません。いつもの事だったので。」

「いつも?いつもあんな危ない事してたのか?」

「大阪では私と事務の方しか事務所内にいないなんて事もしょっちゅうで誰かに頼むという発想が無かったです。人いなかったですし・・・椅子に乗れば届くし・・・、あっでも重いものはちゃんとお願いして取ってもらってましたよ・・・たぶん・・・。」

なんか私が喋るたびに久瀬さんの眉間の皺が濃くなるよー。

「これからは誰でもいいから頼め。大阪とは違って人手はある。・・・少し横になってろ。動けるようになったら戻ってこい。あまり痛むようなら病院に連れて行くから我慢せずちゃんと言えよ。」

「はい、わかりました。」

ショボンと俯く私の頭をポンポンと優しく撫で久瀬さんは部屋を出て行った。

はー、さっそくドジをやってしまった。

動くと少し痛むがあまり長く休むわけにはいかない。三十分ほど休憩し仕事に戻った。東山さんは何度も『ごめん』と言ってくれる。席に着く時に久瀬さんに目をやるとじっと見られている。とりあえず頭を下げておこう。




その晩の新歓の席では案の定『お姫様抱っこ』が話題になった。しかもいい感じに酔って来た夏樹さんとみのりさんに散々絡まれるし、みどりさんが助け舟を出してくれるが結局最後まで絡まれっぱなしだった。

「夏樹さん帰りますよ!」

「いーや!まだ朱音といーっしょ!朱音の家いくー!朱音ケガしてるから私が世話したげるー。」

完全に酔った夏樹さんが私に寄りかかってきた。『痛っ』体重を急にかけられ昼に打った腰がズキンと痛みよろけて転びそうになった。

「お世話が必要なのは九条じゃなく松本だな。」

転びそうになった私の腰を支えてくれたのは久瀬さん。向こうで部内の女子に囲まれ二次会に誘われてたはずなのに。

「大槻、松本頼める?」

「はい、いつもの事なので大丈夫です。」

「じゃあよろしく。九条は俺が送るから。」

お姫様抱っこに加え二次会の誘を受けていた久瀬さんに誘いを断ってまで送ってもらうなんて、そんな事になったら月曜日が怖すぎる。
確かに畳に三時間座っていたから痛みがちょっと出だしたけれど、まだ九時半だしのんびり電車で帰れば大丈夫。

「久瀬さん!私一人で帰れます。だから二次会行って下さい。」

久瀬さんは横目でチラッと見たかと思うと肩に手を置き軽くグッと力を入れた。

「いたっ。」

「痛いんでしょ?行くよ。」

その声色は何だか甘かった。いつの間にか横付けされたタクシーに乗せられ結局家まで送ってもらう事になった。

絶対に痛いのわかってやったな。久瀬さんって意外と意地悪だ。

でも抱き上げられた時も思ったが久瀬さんの腕の中、隣は心地よくてなぜだか安心する。
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