極秘出産のはずが、過保護な御曹司に愛育されています
 一番奥に隠すようにしまってあるのは、小さな箱。
 それを取り出し、ラグの上にしゃがみ込む。
 
 冷えた指で箱を開く。
 中にあるのは美しいエンゲージリング。
 
 五年前、結貴がプロポーズの言葉と一緒にくれたこの指輪を、今でも大切に持っていた。
 捨ててくれと言われたけれど、彼の気持ちがこもった指輪を捨てられるわけがなかった。
 

 つらいとき、悲しいとき、寂しいとき。
 私はひとり指輪を取り出し、彼との楽しかった日々を思い出し自分をはげましてきた。
 
 もう二度と会うことはないと思っていたから、せめて美しい思い出がほしかった。
 なのに。

「まさか、偶然結貴と再会するなんて……」
 
 つぶやきながら、結貴の姿を思い出す。
 
 綺麗な黒い瞳や、柔らかな笑み。
 そして、『文香』と呼ぶ甘い声。
 
 五年ぶりに会って思い知らされた。
 私はまだこんなにも、彼のことを愛している。
 




 日曜日、私は未来と一緒に祖父のお見舞いに来ていた。

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