With you~駆け抜けた時・高1 春&夏編~
(こんな大切な場面で自分が打席に入るなんて・・・。)


「5番 サ-ド松本くん。」


というアナウンスと、それを受けた応援団の大声援を信じられない思いで、松本くんは聞きながら、左バッタ-ボックスに入る。


「松本、決めちまえ!」


ベンチからの佐藤くんの叫びは耳に届いてはいたけど


(確かに第1打席は小林からホームランを打ったし、ここまで4本のホームランを打ってるのも夢じゃない。だが、そんなまぐれのようなことがいつまでも続くわけがない。小林の球威は明らかに落ちている。ここは無理せず、確実にヒットを狙って、後ろの河井さんにつなぐことだ。)


松本くんは自分にそう言い聞かせると、マウンド上の小林雅則に相対する。その松本くんの視線を受けて


(絶対に打たせねぇ。ここで愚弟に打たれてるようじゃ、賢兄になんかとても太刀打ちできない。)


小林くんの闘志も衰えてはいない。投じた初球、スピ-ドは尚も健在だけど。コースは大きく外れる。2球目も、やはり力んでコースを外れる。2ボールナッシング。そして3球目、これ以上ボールを投げられない小林くんのボールはやや甘めに。次の瞬間、松本くんのバットは一閃。


「やった!」


打った瞬間、相手のキャッチャ-がガクッと項垂れたのが、はっきり見えた。文句なしの逆転満塁ホームランだ。ベンチが、応援席が喜びを爆発させる中、松本くんはなぜか打球方向を見ながら、打席に立ったまま。


「君、何をしている。早くベースを周りなさい。」


主審に促されて、ハッと我に返ったように松本くんは慌てて走り出す。その一方で


(まさか、この俺が、同学年の奴に1試合2本のホームランを打たれるなんて・・・。)


小林雅則がガックリとマウンドで膝をついている。


(雅則・・・。)


その姿を、ユッコが応援席から悲しそうに見つめている。


そんな光景をよそに、ホームインしてベンチに帰って来たヒーロ-を私たちが、大騒ぎで迎えたけど、当の松本くんは顔面蒼白で、私たちの祝福にも固い表情で頷くだけだった。


一転して、2点リードで迎えた9回表。東海高にもう反撃の力は残されていなかった。白鳥くんが全く相手を寄せ付けない三者三振で切って取って7-5。私たちは第一目標だったベスト8に進出した。


同じ頃、今大会の大本命、御崎高校も、相手を全く寄せ付けない強さで、ベスト8進出を決めていた。さも当然のように取材に応じていたエース松本哲投手は、記者から弟の松本くんの2本のホームランで、明協が勝ち進んだことを聞くと


「小林雅則から2本ですか?これはいよいよ本物ですね。決勝戦が楽しみになりました。」


そう言って、ニコリと微笑んだ。
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