With you~駆け抜けた時・高1 春&夏編~
「プレイ。」


主審の声を聞いて、モーションを起こした矢代投手は、相変わらず表情1つ変えずにボールを投じる。またストレ-トだ、今度は松本くんはスイングしたけど、そのバットは虚しく空を切った。


「ちょ、ちょっと、そりゃないよ、今までとは別人じゃない・・・。」


スタンドでデータ担当の久保くんが慌てふためいている。私も信じられないものを見た思いでいると、打ち取られた松本くんはチラリとマウンドに視線を送ると、そのままベンチにやや俯きながら引き上げて来た。代わって打席に入った村井さんも、正直全くボールにかすることなく、これまた三球三振。大ピンチを切り抜けた矢代投手は、しかし全く表情を変えずに静かにマウンドを降りた。


「あの野郎、まさか猫被っていやがったのか?」


「まさか・・・。」


「いや、これまでの試合の矢代とはあまりにも違い過ぎる。たぶん・・・今まで力を隠してたんだ。」


松本くんの言葉を、佐藤くんも私も否定出来なかった。


(やられたな・・・。)


石原監督まで、思わず内心で呟く中


「あれが本当の矢代剛だ。淡々とポーカ-フェイスで、でもすげぇボ-ルを投げ込んで来る、すげぇピッチャ-なんだ。奴が本気を出したんなら、こっちも負けるわけにいかないな。」


白鳥くんだけが、嬉しそうな声を出して、ベンチを飛び出して行く。


「なんだ、今年の1年生は?なんかすげぇ奴ばかりだな。」


スタンドで高橋捕手が呆れた声を出したが


「うん。これで明日の試合がますます楽しみになったな。」


松本さんは答えると


「じゃ、そろそろ帰るか。」


と言って腰を上げる。


「最後まで見て行かねぇのか?」


「個人的にはそうしたいが、明日は大事な決勝戦だ。明協にしても相模にしても、中途半端なコンディションで戦えるほど、生易しい相手じゃないことは、これではっきりしただろう。」


「松本の言う通りだ、よし引き上げるぞ。」


松本哲さんの声に応えるように、監督さんが言って、御崎高ナインは立ち上がった。帰路に着く彼らの姿は当然、私たちの目にも入る。


哲兄(さとにぃ)・・・今日は必ず勝つから。待っててくれよ。)


(省吾、矢代はいいピッチャ-だが、お前なら打てる。必ず勝ち上がって来いよ。)


松本兄弟は、心の中でエールを交換していた。
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