With you~駆け抜けた時・高1 春&夏編~
「スライダ-投げられるなんて聞いてないよ・・・。」


スタンドでは久保くんがお手上げだと言わんばかりの声を出す。


「まさかここで解禁して来るとはな・・・。」


「えっ?」



「白鳥くんに粘られて、でも内角の厳しい所は、ピッチャ-相手になかなか攻めにくくて、仕方なく投げたんだろうな。それに甲子園に向けての試投の意味もあったのかもしれん。だがこれが吉と出るか、凶と出るか・・・。」


なにやら意味深なことを言って来る先輩の顔を


(この人、何者なんだ・・・?)


今更ながらそんな思いで久保くんは覗き込む。


いよいよ9回、最終回。逆転勝利の為には、まずこの表の守りを無失点で切り抜けるのが最低条件。その為には、先頭バッタ-を抑えるのは必須だ。


そんなことは、十分承知の白鳥くん-村井さんのバッテリ-は慎重に第1球を投じる。するとバッタ-はそのボールを三塁側にバント、自分が生きようとするセーフティバントだ。


「サード!」


白鳥くんが松本くんに指示を出す。慌てて前進して、そのボールを拾い上げた松本くんは無理な態勢でファーストへ送球。


「あっ!」


私は思わず声が出る。松本くんの送球は、ファーストのキャプテンの遥か右を通り過ぎる大暴投。ライトの東尾さんがバックアップでボールを掴んだ時には、バッタ-ランナ-は悠々二塁へ。試合前、監督が恐れたミスがこの大事な時に出てしまった。


「どうしたんだ?暴投もそうだけど、松本のバントに対する反応が、ワンテンポ遅れたような気がするんだが・・・。」


「私もそう思う。」


(どうしたの?松本くん。こんな時にまさか考え事を・・・。)


私は信じられない思いで、松本くんを見る。


相手は定石通りに次のバッタ-が送りバントを決め、ワンアウト3塁。もう1点もやれないウチは前進守備を敷く。内野ゴロでの失点を防ぐ為だが、相手のヒットゾ-ンを広くしてしまうリスクがある。その上、悪いことに迎える相手は4番松本、5番高橋の中軸バッタ-だ。


(でも・・・あのサードランナ-の生還を許したら、ダメ押し点になってしまう・・・。)


私は自分でも気付かないうちに手の平にじっとりと汗をかきながら、祈るようにグラウンドを見つめていると、ベンチから監督のサインがキャッチャ-の村井さんに伝えられる。


(敬遠・・・。)


松本さんは敬遠して、高橋さんで勝負。頷いた村井さんは、立ち上がった。
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