秘密の出産をするはずが、エリート外科医に赤ちゃんごと包み愛されています
もしかするとこの時から気になり始めていたのかもしれない。
医師としての腕を磨くため、当直で救急外来を担当することもあり、休む暇もないほど多忙な日々を送っていた。そんな中で杏奈との接点もほとんどなくなり、忘れかけていた。
幸いなことに杏奈の母親は意識を取り戻し、ほとんど後遺症もなく退院が決まった。なぜだか俺まで嬉しかったのを覚えている。
退院が目前に迫ってきたある日、救急外来に心筋梗塞の患者が搬送されてきた。必死に救命処置をおこなったにも関わらず、助けることができなかった。
初めて患者の死というものに直面し、自分の至らなさを痛感した。運ばれてきた時にはすでに心肺停止状態だったので、どれだけベテランの医師が担当しても患者は助からなかったのかもしれない。
それでも助けられなかったという事実が悔しくてたまらず、思わず壁に手を打った。今思えば若かったのだなと思う。
しかしその時の俺はいっぱいいっぱいだった。
「あの」
ふとためらいがちな声が聞こえた。こんな姿を誰かに見られているとは夢にも思わず、振り返ることができない。
こんな情けない姿を見せてプロ失格ではないか。
「大事な手が怪我しちゃいますよ……ここに置いておきますから、お大事に」