秘密の出産をするはずが、エリート外科医に赤ちゃんごと包み愛されています

俺の心情を察したのか、気配はすぐに消え去った。顔は見なかったので誰だったのかはわからない。

しかし、廊下の窓枠の上に置いてあった絆創膏を見てすぐに杏奈だとわかった。

可愛らしいうさぎのキャラクターの絆創膏を、杏奈の母親の病室でも見かけたことがあったからだ。

『大事な手』か。

患者を救えなかったのに?

俺はなんて無力なんだ。

母親が目覚めたと知った時の杏奈の笑顔が頭によぎる。満面の笑みを浮かべる杏奈は、誰が見ても魅力的な女性だった。

本来ならこの手は患者の命を救うためにあるんだ。この先俺に救えるのだろうか。いや、救わなくてはならないんだ。それが俺の使命のような気がする。

ずっとやりたかったことだろう。弱気になってどうするんだ。

俺の力量が足りなかっただけなら、もっと努力すればいいだけの話。

これから医師を続ける限り、今日みたいな日は日常的に訪れるんだ。

できるだけ多くの患者の命を救えるように、日々努力を重ねる。泣き顔よりも笑顔を増やせるように、技術を磨く。

そうすれば必ず、この手によって助かる命も出てくるはずだ。

自暴自棄にな俺に、杏奈がそう教えてくれた。

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