秘密の出産をするはずが、エリート外科医に赤ちゃんごと包み愛されています
甘美な誘惑
始まりは一カ月前。
満開の桜が舞う三月下旬、ようやく春の訪れを肌で感じることができるまでに暖かくなったそんな季節。
「あの、すみません」
ナースステーションの外から名前を呼ばれ、慌ただしく動き回っていた私は足を止める。
宮花大学附属病院の脳外科病棟で看護師として勤務する私、芹沢杏奈、二十六歳。
肩甲骨までのブロンドヘアに細身で手足が長いモデル体形。
少しきつそうに見える猫目と、ちょこんと乗った小ぶりの鼻と唇。
私は昔から他人には気が強そうに見えてしまうらしく、ニコッとしないと愛想がないように取られて冷たいと誤解されてしまいがち。
だから常に笑顔を心がけている。
一週間前に入院したばかりの患者の家族に呼ばれ、これでもかってほど口角を持ち上げ微笑んでみせる。
仕事だと思えばたやすいことだけれど、患者の家族の前では少し緊張してしまう。
「どうなさいましたか?」
目は合っているはずなのに返事がない。
「斉木さん?」
こちらを見つめたままなにも言おうとしない斉木さんに首をかしげる。入院しているのは彼の祖母で、彼は斉木さんの孫に当たる人物。
年齢は二十代前半くらいだろうか、まだ幼さが抜けきっておらず若々しい顔立ちと服装だ。
「あ、えっと、その、突然すみません。ばーちゃんの容態はどうですか?」