秘密の出産をするはずが、エリート外科医に赤ちゃんごと包み愛されています
定時を大幅にすぎているとはいえ、ロッカールーム内には人の気配がする。
バッグに常備していたグミを口に放り込み、私はさっと着替えを済ませた。
さぁ、早く宿直室へ戻らなくては。
「あー、疲れたぁ」
「だね」
「帝王切開後の出血ってあんなに出るもんなんだね」
「絶対だめだと思ったけど、とにかくママもベビーも無事でよかったよ」
向かい側のロッカーから看護師の会話が聞こえた。
そうか、患者は妊婦だったのか。
同じ妊婦という立場で親近感が湧き、他人事ではないと感じた。出産は何が起こるかわからないと、改めて身が引き締まる思いだ。
「コードブルーで久しぶりに三井先生を見かけたけど、相変わらず目を惹いたよね」
「わかる、真剣な表情がたまらなかったぁ。あんなに素敵な人が独身だなんて信じられない」
三井先生の名前が出たことで、いけないと思いながらもついつい聞き耳を立ててしまう。
「あら、知らないの? お見合いをしたって話よ」
「え、三井先生が?」
お見合い?
「現場を見た人がいるからまちがいないわよ。すごくきれいな着物美人だったんですって。二人の雰囲気もよかったから、縁談がまとまるんじゃないかって言ってたわ」
「へえ、美男美女だなんて羨ましい」
「私たちには縁がない話よねぇ」
噂話にすぎないのに、私は激しく動揺した。
そしてどうやってロッカールームを出て家に帰ったのか、記憶はほとんど残っていなかった。