秘密の出産をするはずが、エリート外科医に赤ちゃんごと包み愛されています

「海のにおいだ」

都心から電車とバスを乗り継いで三時間、ようやく目的地のそばまでやってきた。

車がギリギリすれ違うことのできる狭い道路の右手には、一面に真っ青な海景色が広がっている。

バスを降りた私は潮風に吹かれながら、どこまでも続く一本道を歩いた。

「見事に何もないなぁ」

物件を探しにきたときからわかっていたけれど、この景色に魅せられてこの土地に住むことを決めた。

大学病院を退職したのは二週間前の話で、師長からは強く引き止められたけれど私は意思を押し通した。

物件を決めるのに一カ月以上かかり、今日ようやく住み慣れたアパートから小さな町へとやってきた。

この一カ月半、仕事もプライベートも目が回るほど多忙であっという間だったなぁ。

引っ越し準備は大変だったのひとことに尽きるが、幸いにも安定期に入ってつわりがすっかりなくなったのが救いだった。

これから一人で初めての場所でやっていかなければならない。

でもそれは私が決めた人生だから、しっかり悔いのないようにしたい。

何よりもこの子には私しかいないのだから、弱音など吐いてはいられない。

ありがたいことに小さな町で仕事も見つかり、贅沢しなければ母子家庭でも十分生活していけるだろう。

引っ越し先である借家にはすでに荷物が運びこまれていて、家具も貸主の意向で最新のものが用意されていた。

荷解きさえすればすぐにでも生活ができるようになる。

三日後からは新しい勤務先での仕事も始まるから、のんびりしてはいられない。

新しい土地での生活に不安がないといえば嘘になるけれど、ここまできたからには、あとはやっていくしかないのも事実。

なせばなるの精神でやっていこう。

大丈夫、私ならできる。

「よし、頑張ろう!」

私は自分にそう言い聞かせ、強く拳を握ったのだった。
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