秘密の出産をするはずが、エリート外科医に赤ちゃんごと包み愛されています
初めての人
「杏奈! 大変だ! お母さんが……っ!」
十年前、高校生だった私は父からの電話に出た途端、目の前が真っ暗になった。
どうやら母はパート先で倒れたらしく、運び込まれた病院での診察の結果、クモ膜下出血ということだった。
「この先意識が戻るかどうかはわかりません。仮に戻ったとしても、何らかの後遺症が残る可能性は大きいです」
主治医からの説明で、私たち家族はどん底に叩き落とされた。
父はしばらくの間会社を休み、そんな母のそばに付き添った。私も時間があれば病院へ通い、父と交代で母のそばに居続けた。
動揺する父親を見て私だけは冷静でいなければいけないと心に誓い、父親を励まし続けた。
そして私自身も早く目を覚ましてと願っていた。
しかし、二ヶ月経っても母が目覚める様子はなく、ベッドの上でただ眠っているだけの姿を見ているのがだんだんつらくなってきた。
そうなると自然と足が遠のき、病室に行くのが億劫になった。
「どうしたんだ? こんなところで」
病棟の廊下の隅っこで佇んでいる私に声をかけてくれたのは、当時まだ脳外科医になりたての三井先生だった。
「芹沢さんのところの娘さん、だったかな?」
優しい物腰で、まるで私を労るように声をかけてくる。
「母の部屋に行くのが怖いんです」