秘密の出産をするはずが、エリート外科医に赤ちゃんごと包み愛されています
それがきっかけとなって母の元へ再び通えるようになった私は、父が仕事に復帰してからも毎日のように病室に顔を出した。
三井先生はとてつもなく多忙でそれから会うことはほとんどなかったけれど、あの後実はもう一度だけ姿を見かけた。
それは母が入院して三ヶ月が経った頃のことだった。それまで意識がなかった母が突然目覚めたのだ。
運良く後遺症も残らず、奇跡の復活だった。
目覚めてから母は驚異の回復力を見せ、一ヶ月程度で日常生活を送れるようにまでなった。
問題なく家で過ごせるだろうということで、退院日が決まり、それを翌日に控えたある日。
フラフラとした足取りで二階の廊下を歩く三井先生の後ろ姿を見つけたのは、いつものように母のお見舞いへ行き、帰ろうとして階段おりている時だった。
最後だし、挨拶くらいはいいよね。
そう思い、声をかけようとしたのだけれど、様子がおかしいとすぐに気がついた。
先生の背中が小刻みに震えている。そしてかすかに漏れ聞こえる小さな嗚咽。
「くそ……っ、なん、で……なんでだよ」
グーで何度も何度も壁を叩き、鈍い音があたりに響く。
命を扱う現場だもの、きっと何かあったのだ。
そうは思ってもなんて声をかけたらいいのかわからず、見ているのがつらかった。
「あの、大事な手が怪我しちゃいますよ……ここに置いておきますから、お大事に」
スクールバッグからキャラクターものの絆創膏を一枚取り出し、三井先生の背後に置く。
そしてすぐさま私は踵を返した。