秘密の出産をするはずが、エリート外科医に赤ちゃんごと包み愛されています

「あの、失礼ですがどなたですか?」

エンジンがかかり、いざ発車しようとした時、窓ガラスをコンコンと指で叩く音がした。三井先生が窓を開けると、安成さんが顔を覗かせた。きっと心配してくれているのだろう。

「杏奈の婚約者だ。何か問題でも?」

「へっ!?」

驚いたのは安成さんではなく私の方だった。

婚約者?

安成さんに向かって何を言うの?

「それは失礼しました。では、芹沢さんをよろしくお願いします」

「ああ、任せてくれ」

車は静かに走り出した。

振動はほとんどなく、安全運転で安心して乗っていられた。病院まではすぐだったのであっという間だったが『婚約者』というワードが頭から離れなかった。

「これは破水してますね」

「え、でも出血が」

「出血はおしるしでしょう。まれに多量に出る方もいらっしゃるんですよ。どちらにしろ今から入院になります」

覚悟はしていたといえ、いよいよ出産となると不安でいっぱいだ。

荷物も持ってきていないので、誰かに頼まなければ。一人で出産となると心細くてどうにかなりそうだった。

「ご主人は立ち会いを希望されますか?」

「いえ、あの、先生」

「もちろんです」

さも当然かのように言ってにこやかに微笑む三井先生は、医師から書類にサインを求められると、ためらうことなくペンを取った。

LDRに入院し、色々と処置をされたあとで微弱陣痛が始まった。まだ耐えられるレベルなので話はできる。

「何を考えているんですか?」

安成さんに向かって婚約者だなんて嘘をついたり、立ち会いを希望するだなんて言ったり。

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