今夜も抱きしめていいだろ?
バスルームから温子の鼻歌が微かに聞こえた。

純一はソファに深く腰掛けて全身をゆだねた。

「はぁ~。」とゆっくりと息を吐いたら気分が良くなった。

すると、声がした。

「純一?」

「えっ?」

「純一!」

温子にまた呼ばれた。

「は、はい。」

パウダールームの方へすっ飛んで行った。

「悪いけど、バスローブを持ってきてくれない?」

「あ、はい。」

いきなり呼ばれた純一は温子に何かあったのかとドキドキしつつ

彼女が自分の目の前で素っ裸になったベッドルームに行って

脱ぎ捨てられたバスローブを拾い上げ

すぐにバスルームへ向かった。

「温子さん、ここに掛けますね。」

純一はドア越しに声をかけながら片手を伸ばして

内側のフックにバスローブを引っかけた。

「あら、もう出るわ。」

半開きのドアが完全に開いて

またもや素っ裸の温子のすべてが純一の視界をおおった。

「ちょっと、温子さん。」

純一は両手で目を隠しつつくるりと後ろを向いた。

「着たからもう大丈夫よ。」

「もう、勘弁してくださいよ。」

「あなたには刺激的すぎたかしら?」

「刺激的どころではなくて、官能的ビジューです。」

「アハハ!言うわね。」

「もう、意地悪なんだから。」

純一は冷えたミネラルウォーターの栓をひねって

ソファに座った温子の目の前にあるグラスに注いだ。

「どうぞ。」

「ありがとう。」

ゴクゴクと喉を鳴らして水を飲み干す温子のなまめかしい白い喉と

バスローブのえり元からのぞくほんのりピンクに色づいたデコルテに

純一の目は釘付けになった。

「ふうっ。スッキリした。」

「それは良かったです。」

「バラのお風呂、癖になりそう。」

「リクエストがあればいつでもご用意できます。」

「それは贅沢すぎるわね。何回も入ったら貴重さが薄れちゃうわ。」

「そんな風に言われるとは思いませんでした。」

「それで、これからどうする?」

「ルームサービスで軽く朝食はいかがですか?」

「至れり尽くせりなのね。」

「温子さんにくつろいでもらいたいのです。」

「今日だけにしてほしいって言っても傷つかないでね。」

「それは。」

「とにかく、私に特別扱いは無用よ。」

「僕にとっては、特別でも何でもないことですけど。」

「それこそがズレていると思うことなのよ。」

「ズレて?」

「そう。早川一族にとっては当たり前のことが、私のような庶民には理解に苦しむことになるの。」

「庶民って、僕は温子さんのことを庶民だと位置づけたくありません。」

「今は議論なしで、朝食を楽しみたいわ。」

「そうですね。」

ちょうどそこへピンポンとベルが鳴り

ドアの向こうから「ルームサービスです。」と声が聞こえた。

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