桃色のアリス
「妹は城に帰ってきたとき、泣いていたわ。声も上げず、ただ静かに涙を流していた」
「そんな……アリスさんに、何があったの?」
「妹は何も語らず、ただその時計を握りしめていただけだったわ。だから、何も分からない」
“アリス”と彫られた文字を見る。アリスさんの持ち物。そのアリスさんは、今ここにはいない。
「アリスさんは……どうなったの?」
女王様が一瞬だけ唇を噛む。
「妹は……死んだわ。私を…残して……自ら命を絶った。まるで誰かを追っているようだったわ」
言葉が出てこない。女王様に、なんて言っていいのかわからなかった。
「アリス、あんたは元気で帰ってきてちょうだい。約束して」
女王様の瞳は悲しげで、余計に胸が苦しくなる。涙が込み上げてきた。私がしなきゃいけないのは女王様を慰めることじゃない。この城に帰ってくることだ。
「約束する。ちゃんと元気で帰ってくるよ」
「絶対よ。約束破ったら、牢屋にぶちこむからね。覚悟しなさい」
「大丈夫!牢屋になんか入りたくないもん」
女王様は頷くとチェシャ猫の方を向いた。
「アリスの事、頼んだわよ。あんたは死んでもアリスを守りなさい。怪我させたらあんたも牢屋にぶちこむからね」
今まで黙っていたチェシャ猫が口を開き、私を見た。
「僕はアリスを守るよ。それがぼくの役目だからね」
「チェシャ猫……」
「アリス」
女王様とチェシャ猫の声とは別の声が門の入り口からする。立っていたのは黒髪の少女。大好きな親友の姿に、我慢していた涙が流れた。
「リズ」
「アリス、何泣いてるのよ」
「どうして……」
出発の時間は教えてあったけど、今日はリズの店の店番があるからリズには会えないと思っていた。
「店番なら弟達に任せてあるから大丈夫よ。ちょっと心配だけどね」