桃色のアリス


「妹は城に帰ってきたとき、泣いていたわ。声も上げず、ただ静かに涙を流していた」

「そんな……アリスさんに、何があったの?」

「妹は何も語らず、ただその時計を握りしめていただけだったわ。だから、何も分からない」


“アリス”と彫られた文字を見る。アリスさんの持ち物。そのアリスさんは、今ここにはいない。


「アリスさんは……どうなったの?」


女王様が一瞬だけ唇を噛む。


「妹は……死んだわ。私を…残して……自ら命を絶った。まるで誰かを追っているようだったわ」


言葉が出てこない。女王様に、なんて言っていいのかわからなかった。


「アリス、あんたは元気で帰ってきてちょうだい。約束して」


女王様の瞳は悲しげで、余計に胸が苦しくなる。涙が込み上げてきた。私がしなきゃいけないのは女王様を慰めることじゃない。この城に帰ってくることだ。


「約束する。ちゃんと元気で帰ってくるよ」

「絶対よ。約束破ったら、牢屋にぶちこむからね。覚悟しなさい」

「大丈夫!牢屋になんか入りたくないもん」


女王様は頷くとチェシャ猫の方を向いた。


「アリスの事、頼んだわよ。あんたは死んでもアリスを守りなさい。怪我させたらあんたも牢屋にぶちこむからね」


今まで黙っていたチェシャ猫が口を開き、私を見た。

「僕はアリスを守るよ。それがぼくの役目だからね」

「チェシャ猫……」


「アリス」


女王様とチェシャ猫の声とは別の声が門の入り口からする。立っていたのは黒髪の少女。大好きな親友の姿に、我慢していた涙が流れた。


「リズ」

「アリス、何泣いてるのよ」

「どうして……」


出発の時間は教えてあったけど、今日はリズの店の店番があるからリズには会えないと思っていた。


「店番なら弟達に任せてあるから大丈夫よ。ちょっと心配だけどね」




< 26 / 28 >

この作品をシェア

pagetop