桃色のアリス
「時間だよ、アリス」
それが合図のように、チェシャ猫が私に手を差し出した。
「行こう、出発の時間だよ」
女王様とリズを見ると、二人とも静かに頷いた。女王様は最後まで悲しそうな表情だったけれど、リズは不安そうにしながらも笑顔でいてくれた。
「いってらっしゃい。アリス」
「無事に帰ってきてね」
チェシャ猫を見るとチェシャ猫はもう一度行こう、と呟いた。
「僕と一緒に探すんだ――」
チェシャ猫の手を強く握る。チェシャ猫はそれを確かめると、私を連れて歩きだした。
思わず振り向いた先に、女王様とリズが、手を振っている姿がある。その姿をしっかりと目に焼き付けた。
まだ世界が崩壊している実感なんて湧かない。この城を離れる事さえ嘘みたい。でも、この先必ず世界の崩壊を見る日が来る。
帰って来れないかもしれない。もう二度と会えないかもしれない。
「アリス、大丈夫だよ」
私の不安を掻き消すように、優しい言葉が降ってくる。握った手の暖かさが、強さが私に知らせてくる。
そうだ、私にはチェシャ猫がいる。
「君は必ず此処に帰って来る。だからほら、言うことがあるだろう?君が言わないと“お帰り”が言えないよ?」
「うん。……女王様、リズ」
“いってきます!”
時計のメロディーはまだ鳴ったまま。
ほら、ウサギを探さなきゃ。またここに帰ってくるために。