すきな人は…お兄ちゃん
「拓海|《たくみ》ーっ、時間よー!」

お母さんの大っきな声で気がついて、目覚まし時計を見ると、早朝5時半

「お兄ちゃん…朝練の日か」

外は明るいけど、眠たくてまだベッドから出たくなくて、タオルケットかぶる

「悪ぃ、結愛、アルト貸して!」

バタン!と乱暴にドアが開いてお兄ちゃんが入ってきた

「まだ寝てんのにごめん結愛、アルトねぇ?」

優しくタオルケットめくる

「…待って、あ、いいよ持ってく、お兄ちゃん降りてて」
「悪ぃな、サンキュ」

頭ぽんってして、お兄ちゃんは階下|《した》に降りてった

今週は使わないからと持ち帰ってたアルト笛を棚から取り出して、ハダシのまま階下に降りてリビングに入ると、お兄ちゃんは大急ぎで朝ごはんを食べてる

「お兄ちゃん、はい」

眠くてぼんやりしながらアルト笛を渡す
寝起きの姿でお兄ちゃんに会うのは、やっぱりちょっと恥ずかしい

「サーンキュ、まじ助かった、ありがと結愛」

最後のひと口を頬張ると、ぐいっとお茶を飲んで、ごちそうさま、と両手を合わせて立ち上がり

「どーこやったかな、部屋ん中あるはずなんだけど…ありがとな」

あたしの頭をぽんぽんってして

「スリッパか靴下履いとけ、女のコは冷やしちゃダメだろ?」

眉ぴくって上げながらニコッてして時計見上げて

「じゃ、行ってくるわ、やべギリギリ」
「お茶碗やっとくからいいよ、お兄ちゃん急いで」
「悪り、頼むわ、母さーん、行ってきますっ」

重たそうなエナメルバッグ抱えて玄関に向かう

「待ってっ、お兄ちゃんお弁当!」

急いで追いかけて、大きくて重たいお弁当箱渡す

「やべ、サンキュ結愛、じゃーな」
「うん」

自転車で出かけるお兄ちゃんを、門で見送る

「気をつけてね、お兄ちゃん行ってらっしゃい」
「おぅ!」

お兄ちゃんが見えなくなるまで手を振って、リビングに戻ると

「ごめん結愛、ひと眠りするわ、今日お昼からだから…」
「いいよ、お母さん寝てて、鍵閉めて出るから」
「見送れないかも、ごめんね」
「うん、大丈夫、お母さんおやすみなさい」
「ごめんね、ふぁ…ぁ」

お母さんは、図面を引く仕事してる
昨日もきっと、夜遅くまで描いてたんだろうな

忙しいのにちゃんと、あたしの分のお弁当も作ってくれてる

あっ…明日から自分で作ろうかな
お兄ちゃんの分も…

そしたらお母さん、少しは楽になるし
大好きなお兄ちゃんに、あたしが作ったお弁当食べてもらえる!

ふと思いついたことに赤面しながら、キッチンの洗い物を片付ける

眠いからベッドに戻ろうと思ってたけど、お兄ちゃんを見送りながら朝の風に当たったら、目が覚めちゃった

不思議だなー、ただの片付けなら楽しくないのに、大好きなお兄ちゃんのこと考えてたら、全然苦じゃない

お父さんがお母さんのお薬的な存在みたいに

あたしにとってはお兄ちゃんがきっと、そうなんだろうな
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