君を名前で呼びたくて
その夜、仕事を終えた私は、駐車場の自分の車で中橋さんを待った。

中橋さんは、契約書を所長に出して、不備がないかどうか確認してから帰るはず。

10分ほど車の中でスマホをいじっていると、窓ガラスをコンコンとノックされた。

中橋さん!!

私は窓を開ける。

「ごめんね。お待たせ。
 迷うといけないから、俺の車で行こ?」

嘘!?
そんなの、緊張するんですけど……

それでも、私は断ることなんて出来なくて、中橋さんに促されるまま、その助手席に乗った。

中橋さんは、小回りの利く濃紺のコンパクトカーに乗っている。機能性重視な所が、中橋さんらしい。

「ごめんね。こんな時間に付き合わせて」

運転しながら、中橋さんが謝る。

「いえ、全然。
 私も甘いもの、大好きですから」

「良かった。
 今日、行ったあやねちゃんち
 なんだけどさ…… 」

中橋さんが、契約の時の話をしてくれている間にレストランに着いてしまった。

そこは、外には小さな看板があるだけで、知らなければ通り過ぎてしまうようなお店だった。

「中はちょっと暗いけど、怪しいお店じゃ
 ないから、びっくりしないで」

そう言いながら、中橋さんが扉を開ける。

確かに暗い。

かなり照明が落とされていて、薄暗い中にテーブルがいくつもあり、みんな静かに会話している。大声で騒ぐ人などもいなくて、とても落ち着いた雰囲気だ。

店員さんに案内されて席に着くけれど、各席を通り過ぎる時に気づいた。

ここのお客さん、ほとんどカップルなんじゃない?

確かにこの雰囲気は女子会向きじゃないし、男同士で来るような店でもない。

いいの? こんな店に私なんかと来て?

心配は募るけれど、そんなことは言い出せるわけもなく……

席に着くと、中橋さんは言った。

「ここはケーキがおいしいから、食事は少し
 軽めにして、デザートにケーキを
 食べない?」

私は黙って頷いて、ほうれん草のグラタンを選択し、中橋さんはチキンステーキを注文した。
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