ポケベルが打てなくて
「井上、これ解読できるか?」
俺が持っていたポケベルを差し出すと、井上は驚きの表情を浮かべた。
「松田が……松田がポケベル持ってる」
「何だよ。悪いか?」
「『ポケベルは女子と軟弱な男が持つモノ』なんじゃなかったのかな?」
「……るっせーな。俺が自主的に持ってるんじゃねーっつーの」
「あぁ、なんだ。彼女に持たされてんのか。早速尻に敷かれてやんの。それってある意味、一番軟弱なんじゃない?」
井上は哀れむような表情で、俺の肩をぽんぽんっと叩いた。
あぁぁ、くそっ。マジ鬱陶しい。
この解読不能な暗号さえ自力で解けていれば、コイツのイヤミも聞かずに済んだのに。
「松田さぁ、説明書読んだ?」
俺の内なるイライラを知ってか知らずか、井上は涼しい顔で俺に聞いた。
「説明書?」
「っていうか、彼女から聞いてない?」
「何を――」
井上は俺の問いには答えず、俺のポケベルをなにやら操作し始めた。
「これね、オレも今使ってるんだけど、結構新しい機種でさ。カナに変換できるんだよ」
……『カナ』?
「ほら。これで、次からは何もしなくてもカナ表示されるハズ」
ひょいっと突き出されたポケベルを受け取って、俺はディスプレイを確認。
そこには確かに、数字ではなく、カタカナが表示されていた。
『サツキ デンシヤデ』
「……? やっぱ意味分かんねー。『サツキ』? 『デンシヤ』……『電子屋』?」
「松田の彼女の名前って、『サツキ』?」
「ち……違う」
「なんて名前?」
「………………『菜摘』」
「ふーん。やっぱ、『なっちゃん』とか呼んだりするの?」
「るっせーな。そんなことより、これの解読が先だろ」
俺が言うと、井上はニヤニヤと笑って、
「これ、多分、途中なんだよ。そろそろ続きが来るんじゃない? その『なっちゃん』から」
井上が言うのと同時に(っつーか、俺の彼女を気安く『なっちゃん』とか呼ぶんじゃねーっつーの)、俺の手にポケベルの振動が伝わる。
慌ててディスプレイに視線を落とすと、さっきとは違う文がカナ表示されていた。
二つ目のメッセージは、
『オシリ サワラレタ』。