ポケベルが打てなくて
「……あ、分かった。さっきの、『サッキ デンシャデ』じゃない? ポケベルって小文字使えないから」
井上の推理を聞いて、俺は頭の中で二つの文をつなげた。
『サッキ デンシャデ オシリ サワラレタ』。
『さっき でんしゃで おしり さわられた』。
『さっき 電車で お尻 触られた』――――?
「……まさか、電車ん中で痴漢に遭ったってコトかっ!?」
「だろうね、この文からすると」
「くそっ!! 俺だってまだ触ってねーのにっ!!」
思わず自分の机をドンッ!! と叩く。
その様子を見ていた井上は、呆れたような顔で言った。
「……いや、そういう問題じゃないし」
「どこのどいつだっ!! 絶対に捕まえてやるっ!!」
「無理でしょ、現行犯じゃなきゃ。それより、もっと大事なことがあるでしょ」
「大事なこと――?」
腕組みをした井上は頷いて、そして続けた。
「なっちゃんは、何のために松田にポケベル打ったと思う? 心配してほしいからでしょ。そしたら、やることはただ一つ」
一時限目の始業のベルが鳴る。
それをまったく気に留める様子もない井上は、制服の胸ポケットから生徒手帳を取り出して、俺の前で開いて見せた。
メモ用の白いページに貼りつけてあったのは、ポケベルの……文字コード表?
「メッセージ打って送るんだよ。松田の今の気持ちを」
「俺の……気持ち?」
「そう。痴漢に遭って不安な気持ちになってるなっちゃんを、安心させてあげるような一言をさ」
生徒手帳を俺に押し付けて、廊下側から二列目最前列の自分の席へと向かう。
慌ただしく授業の準備を始めるクラスメートたちを器用にすり抜けながら、井上は途中で立ち止まって、学校中の女子を釘付けにする(と言われている)笑顔を俺に向けて、言った。
「離れてても気持ちが伝えられる。……それが、ポケベルの魅力ってやつだね」