ポケベルが打てなくて
そんなこんなで数分後。
あと二人がベル打ちを終えれば、次はとうとう俺の番だ。
「なんだ、意外と早かったな」
「そうだね。なんとか昼飯も食えるくらいの時間はあるし」
よし、今のうちに確認。
バイト先のショッピングセンターで、何かの粗品としてもらったテレホンカード。
生徒手帳にメモってあった、菜摘のポケベル番号。
その下に、井上に見せてもらった文字コード表を見ながら書いた、菜摘宛てのメッセージのメモ。
あああぁぁぁああぁぁ、いざとなると緊張するっ!!
「松田、くれぐれも、打ち間違えないようにね。ほら、あれ」
言いながら井上が指差したのは、公衆電話の上の張り紙。
『ポケットベルのために使用する場合、一人3回まで。(それ以上の場合は再度『最後尾』へ)』
……再度、最後尾?
ゆっくりと後ろを振り返る。
……おい、最後尾って、どこだよっ!?見えねぇっ!!
「休み時間が終わるまで、この列の成長が止まることはないんだよ」
ポンッと井上に肩を叩かれる。
昼休み後の五・六時限目は、電算室でプログラミングの授業。
電算室のある西館は、公衆電話のある管理棟からはかなり離れている。
その上、プログラミングの実習は、プログラムの完成度に加えて、完成までに要する時間も成績の対象になるから、正直、休み時間も休んでいられない。
……っつーことは、マジでこれがラストチャンスってことだ。
「はい、お次どうぞー」
前に並んでいたヤツがベルを打ち終え、俺に声を掛けた。
俺は、公衆電話の受話器を手にして、深呼吸。
「……大丈夫? 震えてんじゃん」
「わ、わわ分かってるっ!!」
テレホンカードを差込口に入れて、メモを見ながら慎重に、菜摘のポケベル番号を押した。
受話器から流れるガイダンスに耳を傾ける。
『……こちらは、ポケットベルです。プッシュボタンでメッセージを入れ、最後に#を二回押してください』
俺は、一時限目の授業中に苦労して作り上げた菜摘宛てのメッセージを、メモを見ながら一つ一つ確実に、プッシュボタンを押していった。
『4104123204851363042167 (ダイジヨウブカ? = 大丈夫か?)』
……で、最後に『#』を二回、だな。
『#』……ポチポチっと。
…………ん?
ポチポチっ……ポチポチっ……ポチポチっ………………。
「いっ……井上」
「ん? 終わった?」
「『#』んとこ、何回押しても聞こえねーんだけど」
「聞こえない? 何が?」
「プッシュ音。普通、押すと聞こえるよな、『ピッピッ』って」
井上は、俺の言葉に怪訝な表情を浮かべる。
そして、俺の手から受話器を抜き取ってそれを耳に当てた。
「……ホントだ。聞こえない」
手でフックを押し下げて、出てきたテレホンカードを再び挿入する。
慣れた手つきでプッシュボタンを押して……何度か『#』を押した井上は、深くため息をついた。
「考えたくないけど……これ、『#』んとこ、壊れたっぽい」
……っつーことは、まさか――――?
「『#』が押せなきゃ、メッセージは送れない。直るまで、ポケベルが打てないってことだね」
ええぇっ……!? マ、マジでっ!?
「どおおぉおぉぉぉおぉぉぉしてくれるんだよっっっ!?」
いきなり、俺の後ろに並んでいたヤツらが大声で叫んだ。
「今日のデートの待ち合わせ場所、彼女に伝わんねーじゃねぇかっ!!」
「そっ……そんなこと知るかっ!! 俺だって困ってんだっ!! っつーか、胸倉掴むなっ!!」
「あーやだやだ。すぐ怒る男はモテないよ?」
「井上っ!! 火に油注ぐようなこと言ってる場合じゃねーだろっ……って、逃げるなっ!!」
「壊したのはおまえだろっ!? 責任取れよっ!!」
「なっ……壊したのは俺じゃねぇっ!! ポケベル打つのはこれが初めてだったんだっ!!」
「おまえの前のヤツはちゃんと打ててたじゃねーか。やっぱ、おまえのせいだろ!!」
ヘビの尻尾のように長く伸びていたベル打ち待ちの列が徐々に近づいてきて、俺を取り囲む。
俺のせいじゃない。
俺は何もしてないっ。
俺は悪くないんだぁああぁぁあぁぁぁあぁあぁっ!!