桜が散ったら、君に99回目のキスを。
「おはよう」


「…おはよう」


相馬くんはいつも同じ車両の同じ位置にいる。


3両目、前から1つ目のドアを入って右。


西高前の駅で、いちばん綺麗に桜が見える場所だ。


もちろん朝は満員だから毎日同じ場所というわけにはいかないし、近くにいても言葉を交わせない日もある。


それでも相馬くんと電車に揺られる15分は、他の15分よりどこか特別な気がした。


「…今日、いつもと違う?」


いつもなら直ぐに小説に目を落とす相馬くんが、私を見つめる。


その黒の瞳にたじろいで、私は思わず相馬くんから目を逸らす。


急には反則だ、と思ってしまうのはきっと私だけ。


「あ…髪を結ってるからかも。…寝癖が直らなくて」


相馬くんは合点がいったようにあぁ、と頷く。


「あれみたいだな、『春の向こう側』の春陽」


名前が直ぐに出てくるあたり、本当に相馬くんはあの小説が好きなんだろう。


相変わらず表情は乏しいけれど、心做しかいつもより饒舌だ。


「春陽は髪が真っ黒だけどね」


「確かに鳴宮さんは茶色だ」


「昔スイミング教室に通ってたの」


「塩素か」


「そう、それで色が抜けちゃって」


光を受けた毛先が、制服の上で金色に光る。


茶色の髪も嫌いじゃない。


でも時々、艶やかな黒の髪が羨ましくなる時がある。


ないものねだりだって分かってはいるけれど。
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