桜が散ったら、君に99回目のキスを。
「…大丈夫?」


不意に左隣で聞こえた声は水中にいる時みたいにごわごわと歪んで聞こえた。


同い年くらいだろうか、男の子の声だった。


そういえば隣に学生さんがいたような…。


そんな記憶が脳裏を掠めたけれど顔を上げる余裕もなくて、私は俯いたまま押し黙る。


「体調悪い?」


そう聞かれて、我慢していたものが一気に溢れ出した。


じわりと視界が滲む。


ん、と小さく頷いた声はぎりぎり彼に届いたらしい。


電車が駅に停車すると、彼は私の左腕を掴んで出口の方へと進んでいく。


「すみません、通して下さい」


迷いもなく発せられた言葉が、ぎゅうぎゅうに詰められたお弁当箱のような車内にほんの少しだけ道を作る。


人の間をぶつかるようにして進んでいく彼が腕を引いてくれるおかげか、いつもより早く頬を外気が撫でた。
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