桜が散ったら、君に99回目のキスを。



ゆっくりと重たい瞼を開く。


真っ先に目に飛び込んできたのは白い天井と、私を中心にぐるりと仕切られたカーテンレール。


何度か来たことがある白峰女子の保健室だ。


そして───


「…目、覚めた?」


柔らかな声が霞んだ脳に優しく届く。


相馬くんは微かに頭を動かした時にずり落ちた氷嚢を拾い上げた。


土曜日だから保健室に先生はいない。


休日は部活の顧問が怪我をした生徒の面倒を見るようになっている。


「…あの、」


「ごめん」


状況を聞こうとしたらいきなり謝られて私はさらに混乱する。


「俺が取り損ねたボールが鳴宮さんの頭に当たった。痛い思いさせて悪い」


あぁ、それで。


頭が痛いのはボールが当たったからか。


相馬くんは取り損ねたと言うけれど、コートから客席まではそれなりに距離もあったし、ボールが外れたところを飛んで行ったのだろう。


「…大丈夫だよ。ちょっと痛いけど体も動くし」


相馬くんの目の前で手を握ったり開いたりしてみせる。


動きに違和感はないから、多分大したことはない。


相馬くんは私の手をじっと見つめると、安心したようにほんの少しだけ笑った。


保健室、運んできてくれたのかな。


静かな空気になると急に2人きりであることが意識されて、私は布団の端をぎゅっと顔の方まで引き上げた。


「痛い?」


それを痛いからだと取ったのか、相馬くんは僅かに腰を浮かす。


「ううん、大丈夫」


痛いのは。


本当に痛いのは相馬くんがそばにいることに高鳴ってしまうこの胸だ。


まだ期待してしまう自分が堪らなく苦しい。


いっそ記憶が無くなればいいのにとさえ思ってしまう。


そんなこと魔法が使えたって出来ないけれど。
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