桜が散ったら、君に99回目のキスを。
「あ……」


ふと、かこが傍にいないことに気がついた。


面倒見がいいかこのことだから心配しているに違いない。


「どうかした?」


「友達、一緒に来てたんだけど…」


「か…綾瀬さんなら鳴宮さんの荷物取りに行ってるのと、鳴宮さんのお母さんに連絡してくれてる。もうすぐ戻ってくると思うよ」


ズクン。


開きたての傷口が痛む。


かこの名前を、知ってるんだ。


当たり前だと思っていても、口にされると思いが揺らいだ。


一刻も早くこの場を去りたくて体を起こそうとするけれど、その肩は相馬くんに優しく押し戻されてしまう。


「まだここ、熱持ってる。お母さんも呼んでるから寝てた方がいい」


冷たい手で触れられた額は一瞬にして熱を帯びる。


なんで。


私に触れないで。


優しくなんてしないで。


口に出せない言葉が、雪のように私の中に積もっていく。


本物の雪なら溶けてくれるけど、言葉たちはそのまま胸の奥底に張り付いてしまった。


「これ、もうぬるいから新しいの持ってくる」


相馬くんはそう言って保健室の端にある製氷機を覗く。


「空だ」


「え?」


「氷が無い」


春だから作っていないなんて、そんなはずは無い。


氷は常時在庫があるようになっている。


それなら怪我人がいたとか……と考えて、第1試合中に捻挫で退場した人が数人いたのを思い出した。


「職員室まで貰ってくる」


「いいよ、私そんなに酷くないから」


「青くなるだろ」


そう言って相馬くんは待ってて、と言い置いて保健室から出ていってしまった。
< 43 / 63 >

この作品をシェア

pagetop