桜が散ったら、君に99回目のキスを。
誰もいなくなった保健室でふぅ、と息を吐く。


何度も何度も、相馬くんと出会った時と同じように深く。


そうしないと泣いてしまいそうだった。


あの日みたいに私の中の想いが空気に溶けてしまえば、目の奥の熱さも喉の痛みも消えてくれる気がした。


「情けない…」


柔軟剤の香りがする白いベッドに深く体を沈めて、腕で視界を覆う。


視覚を遮断した世界は妙にクリアだ。


体育館の方から声は聞こえない。


球技大会はもう終わったのかな。


空にはまだ高くに太陽が出ているから、昼を少し過ぎた頃だろう。


不意に廊下の方でパタパタと急ぎ足で歩く音がした。


その音はどんどん大きくなって私に近づいてくる。


「……?」


半身を起こして確認するよりも早く、聞き慣れた声が私の名前を呼んだ。


「円依!」


「…っお母さ」


「何やってるの!」


お母さんは怒ったような、慌てたような顔で私の両腕を掴んだ。


お母さんの後ろにはかこの姿も見える。


ここまでお母さんを案内してくれたんだろう。


「怪我したってかこちゃんから電話来て…どこか痛いところは?気分は悪くない?」


「頭が少し痛いだけ。大したことないよ」


何度か言った覚えのある言葉を唇に乗せる。


お母さんは軽く頭を押えてため息をついた。


馬鹿なことして。


大怪我じゃなくて良かった。


どっちのため息かと考えてやめた。


きっとどっちもだ。


お母さんは私がきちんとしていない人と付き合うことを嫌う。


それは元々お母さんが良家の娘で、おじい様やおばあ様に厳しく育てられたからだとお父さんに聞いた。


お母さんは西高の球技大会を観に行った私に不満を持っているみたいだった。
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